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長編小説『天下再生』(2)サマリア編【第2章】出エジプト記

第2章、出エジプト記

 

イサクの子、ヤコブの時代にヘブライ国は最初の隆盛を迎えた。

ヤコブには4人の妻と12人の子供がいた。彼らは、やがてへブライ民族を構成する12の部族長としてヘブライ王国の骨組みを築いた。(12支族=ルベン、シメオン、ユダ、イッサカル、ゼブルン、 ダン、ナフタリ、 ガド、アシェル、ヨセフ、ベニヤミン)

 

 

仕事を求めて移住したエジプトに、大勢のヘブライ人が貧しくも慎ましく暮らしていた。が、ある日、エジプト王がヘブライの子がエジプトを滅ぼすと言う預言者の言葉を真に受けて、ヘブライの新生児を皆殺しにする令を発した。

 

ヘブライの民、アムラルの妻ヨシャベルは子供を身ごもっていた。

ヨシャベルは葦の生い茂る川べりに隠れ赤子を出産した後、葦の葉で作った豪華な小船に乗せてナイル川に流した。

 

赤子は偶然水遊びをしていたファラオ(エジプト王)の娘ベシアに拾われ、王家の娘ベシアの息子として育てられ、名をモーセと言った。

 

モーセは統治者の才に溢れた若者だった。娘ベシアの本当の子供であると信じているファラオから継承者候補の一人として見られていた。

 

ある日、ベシアの女中が、モーセが捨て子であって、しかもヘブライの子供だという事が従弟の耳に入って、モーセはファラオ王家に命を狙われる。

 

モーセを祝福したヘブライの神は怒り、エジプト人を皆殺しにしようと、荒ぶる神をエジプトの町に放った。

 

モーセは荒ぶる神の目に映らないように、ヘブライ人の家の入口に羊の血を塗らせ、三日三晩外出せずに生のパンを食すようにと命じた。

 

荒ぶる神の過ぎ越しを終えたモーセは、エジプトに住むすべてのへブライ人を集め、エジプトを脱出し、故郷カナンの都を目指した。

 

ヘブライの民を全滅させようとエジプト軍が猛追してくるが、モーセが杖を振って、紅海を割り道を作る神通力を見せて、エジプト人は恐れおののき、追撃を諦めた。

 

やがてモーセ一行は、カナンの地・ヘブライの都に至った。

 が、その時へブライは異宗教に侵され、牛の偶像を祀り、人心は堕落して、町は荒れ果て、12支族達はモーセ達を受け入れなかった。

エジプト・カナン・シナイ山の位置

 モーセとその一行は新たな土地を求めて、シナイ半島を西へ東へと彷徨い歩いた。

一行は、シナイ山の麓に宿営していた。

長旅に疲れた一行の中には、カナンの異教に従おうとする勢力もあった。

 ある夜、柴の木を燃やした炎に導かれるように、モーセは一人シナイ山の岩山を登った。

 山の上の洞窟の前で、眩いばかりの光が現れ、モーセに語り掛けた。

モーセは恐れおののいて畏まりその場に膝ま付いて光の名を聞いた。

「貴方は誰なのですか?」

「我は在りて在る神である」

モーセは一層畏まった。

「そなたに十の戒(いまし)めを授ける」

モーセは恐れ畏まって光の前にひれ伏した。

光はモーセの足元の石に十の戒め(戒律)を刻み込み、その石板をモーセに与えた。

 十戒を携えたモーセは民を従えて、再びアブラハムの12支族が住むヘブライ王国に入った。

『アロンの杖』『マナの壺』『十戒の石板』を持ち、神の力を宿すモーセを見て、カナンのヘブライ人はモーセを神の使いと認めて服従し、ヘブライの土地と民を献上した。

 長い間に堕落したシェケムを見た。神殿には牛の像が飾られ、あちこちに無駄な装飾がされていた。

「皆に告ぐ。偶像崇拝を辞め、唯一の神『ヤーウェ』を称えよ」

 モーセは十戒を示した。

「主が唯一の神であること」

「偶像を作ってはならない」

「神の名をみだりに唱えてはならない」

「安息日を守ること」

「父母を敬うこと」

「人を殺してはならない」

「姦淫してはならない」

「人のモノを盗んではならない」

「嘘をついてはならない」

「隣人の財産を欲してはならない」

 

モーセは牛の像と無駄な装飾を廃棄させ、三種の神宝を神殿奥に祀って神体とし、神殿には規則に沿った幕を掲げた。

 モーセに同行していたヘブライ民族は、レビ(司祭)として、神殿に勤めて神事を司り、ヘブライの民が正しく神へ従うよう管理させた。

 「新年は、家の門を赤く塗って、荒ぶる神が過ぎ越すのを静かに待て(新年三が日の過ぎ越しの祭)。過ぎ越しの間は生のパン(餅のようなもの)を食して、7日目に草を入れた麦の粥を食べよ」

 モーセの戒律はヘブライ国の隅々まで及び、神への信仰が叶ったヘブライ人は平和な日々を送っていた。

 しかし、長い年月のうちに再び信仰の堕落が訪れた。

紀元前922年、べブライは、偶像崇拝を持ち込んだヤロブアム率いる北イスラエル王国(10支族)と、レハブアム王の元で厳しい戒律を守る南ユダ王国(2支族)の南北二国に別れた。

 北イスラエル王国は宗教の戒律が緩く、その分、自由な気質が蔓延っていた。

紀元前722年、暴君ホシェア王の代に、北方の大国、アッシリア帝国の侵攻を受けて、北イスラエル王国はあっと言う間に占領され、その一族は首都サマリアに監禁・拘束された。

 北イスラエルの人々は王の子孫を守り、アッシリアの兵たちから奴隷として辱めを受けても、ヘブライの尊厳を守り抜いていた。

 

アッシリアでの拘束から100年の後、北イスラエルの民は、隙を見てサマリアを脱し、西側の歴史から忽然と消えた。

後に『失われた10支族』と語り継がれることとなる。

 

アブラハムからヘブライに、そして国の南北分裂まで、これらの記録は、南ユダ王国の神官によって記録され、それは後の旧約聖書の原文となった。

 旧約聖書はユダヤ教の聖典となり、イエス・キリストの弟子たちによって新約聖書(キリスト教)が加えられる。

また一方で、旧約聖書を元にして、預言者モハメッドがハンムラビ法典(イスラム教)を纏める元となる。

それらのどの記録にも北イスラエル10支族の行方は記録されていない。

 ローマ・アッシリアという西側の歴史から忽然と消えた『失われた10支族』はいったいどこへ行ったのだろうか?

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