点と点は、線で繋がる。曲がり、揺らぎながらね|完璧主義な僕はいつも直線を引きたかった
今日も開いてくれて感謝です。
最近、新しいことを多く始めてます。
仕事で必要であったり、
日頃やってみたいことであったり。
僕の場合、基準としているのは
いかに『やりたいこと』に直結するか、
ということです。
そのやりたいこととは、
ひとつの人生目標と言えると思います。
一途で頑張りすぎる人ほど、
この時間を奪われたり
上手く行かなかったりして、
停滞してしまう自分を
許せなかったりしませんか?
でもそれは、本当に
無駄な時間だったのでしょうか。
📖 まず、いまがあるということ
仕事やそれ以外のことで、
上手く行かなかったり、
時間を奪われたり。
結局中途半端なことしかできなくて
結局何にも進んでない。
そう感じることは日常で案外多く、
心の中で自分の声が反芻することがあります。
💭 本当はこんなこと、やりたいんじゃない
💭 早く、理想の生活を手に入れたい
💭 ずっと頑張っているのに……
もうね、痛いほどわかるつもりです。
僕自身も、15年続けてきた仕事を辞め
アラフォーになってからIT業界に
未経験で挑戦して、3年間やってきました。
すべては、自分の可能性を拡げるために。
転職当時、収入は前職の半分以下。
わからないことしかなくて、スキルもなくて。
数えきれない『惨め』を
たくさん味わってきました。
言葉や空気でボコボコにされて
鬱の再発をしかけた時期もありました。
――それでも、それでも、ね。
あのとき転職してなかったら。
いまを選んでいなかったら。
きっと僕はこうして
noteを書くこともなかっただろうし、
コーチングを学ぶことも、
いま取り組んでいることさえも
何ひとつ体験することはできなかった。
だから、そうした意味で
僕はいまに後悔はひとつもしていません。
むしろ良かったとさえ、思えている。
📖 点と点、点と線
振返って見えた、点と点
繋がった、点と点辞めよう、人生変えよう。
そう思い立った3年前の『点』
いまここで感じる、現状の『点』
ここに至るまでの、曲がり揺らいだ『線』
あのときの自分は、いまここの点が
はっきりと見えていただろうか。
そう考えると、答えはNOでしょう。
決して当時理想と描いていた未来じゃない。
それ以前に、想像さえできなかった。
でもたしかに自分はここにいて、
まだこの先の見えない理想の『点』を
空想しては追いかけている。
そこに最短で真っすぐの直線を引こうと
日々努力して足掻いてる。
完璧な直線なんか、決して引けないのに最近、多くの人と話していて感じたんですが。
頑張りすぎている人、頑張り過ぎちゃった人。
真面目で一途な人、自分に自信がない人。
強がってる人、無いものねだりな人。
そんな人ほど、真っすぐな線を
引きたがるんだなって。
良い悪いではなく、
僕の主観による傾向と事実という話。
たぶん、僕自身もそうでしたから笑
📖 完璧主義に見る、点と線
目標を持つと、粒度の差こそあれ
そこをゴールとしての『点』とする。
そこに向かって努力するわけですが、
辿り着くために多大な時間をかけたくない。
そう考えるのは自然と言えば自然です。
だから一直線の線を、正確に引きたがる。
💭 完璧な計画、完璧な手段
💭 ひたむきな努力と自己投資
💭 完全無欠の根拠と理論集め
これで実現できたら、
それは素直にすごいことだと思います。
ですが、こう並べてみてすぐに思うのは、
そんな簡単じゃないよね?
ということ。
実際は上手く行かないことの方が多いし
計画倒れや絵に描いた餅になったり、
環境起因で行うことすら難しくなったり。
それが多くの場合で現実かと思います。
だからそんな計画は無謀だとか無駄だとか
そういうことを言いたいのではありません。
直線になど『どうせ』なり得ない
曲がり揺らぐこと、他の点と結びついてしまうこと
最初からそれらを予測し、受け入れておくこと📖 曲がり・揺らぎという人生の厚み
直線を引きたがる者として、
線が曲がり揺らいだときの不快感、喪失感は
たまらなく嫌なものです。
この『曲がり、揺らぎ』こそが『失敗』、
一般的にそう呼ばれているものです。
完璧主義であるがゆえに、
反射的に感じてしまうものではありますが。
でも実は、この曲がりや揺らぎは
人生に『厚み』をもたらしてくれんですよね。
目指す点に辿り着いたとき、
曲がりや揺らぎの振れ幅が大きい人ほど、
より多くを経験してきた証となる。
だからこそ、次の目標に取り組んでいくとき、
その厚みから柔軟な対策を講じることが出来る。
逆に、一直線で線が引けてしまった場合はどうなるか厚みのない、細い線となる。
経験値が少ない以上、新たな挑戦で
壁にぶつかったとき、簡単に折れてしまう。
より進んでから折れた方が、
ダメージや燃え尽きの被害は大きく、
失うものも多いかもしれませんね。
📖 見えなかった点が見えるということ
それから、もうひとつ――。
曲がりによって、これまで見えていなかった
新しい『点』と繋がる可能性があります。
見えていなかった点と繋がると、
不思議なことにそこから先の点が、
それこそ夜空の星々のように
急に見え始めます。
いわゆる、世界が開ける感覚。
それをもたらしてくれるのは、
何かの事象かもしれないし、
誰か、なのかもしれません。
少なくとも言えることは
上手く行かないときにこそ、出逢えるものそんな風に言えると、僕は感じています。
僕自身のことで言えば、
望まずして激動の炎上案件に身を置いたこと。
💭 だから、自分を見直す機会に恵まれた
💭 だから、コーチングに触れられた
💭 だから、新しい挑戦が出来ている
3年前のあのときには、
決して見えることのなかった点。
それに、いまは感謝しています。
📘 終わりに
真っすぐに線を引く努力は
いくらだってしてもいい。
◇◇◇
でも、線が揺らぐことは当然ある
むしろ曲がり揺らぎは、受容するリスク
厚みが得られるラッキーという感覚を
◇◇◇
これだけは、忘れないでいてほしいなと
すべての頑張りすぎる人に、思います。
最後に、もうひとつ。
動き出したら、目標の点は見すぎなくていい。
身動き取れなくなるから。
いま目の前に一点集中。
曲がりと揺らぎを、受け入れるためにも
直線を引けないことへの苛立ちを
自分のどんな感情が、思わせているのか。
そこを言語化してみることも
遠回りのように見えて、
最大の近道かもしれませんね。
まとめです。
1. 目標やいま、過去などの点と点が存在する
2. 振り返ると、点は線で繋がっている
3. 多くの場合、線は曲がり、揺らぎながら繋がる
4. 完璧主義・自己否定の影を持つ人ほど、直線を引きたがる
5. 曲がり・揺らぎは人生に厚みと新たな視点をもたらす
6. 直線には『どうせ』ならないと思っておく
ex. なにが直線を引きたがらせるのか、考えてみるここまでお読みいただき、
ありがとうございました。
久しぶりに長い記事となりました。
繋がっている皆様と、
目標や在り方へ向かって頑張りすぎている
すべての人へ、感謝を込めて。
ではまた、次の記事で――。
- kidzuk - しみー
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