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【ピリカ文庫】ピンク色の腕時計

「恵梨ちゃん、私の腕時計、知らない?」
出かける間際の、姉が尋ねてきた。
「腕時計、どんなのだったっけ」
「ピンクの革ベルトで、丸い文字盤なの」
そんな腕時計は、見た覚えがなかった。
「いつもはめているのは、シルバーのブレスレットタイプじゃなかった」
「そうなんだけど、今日は、佐橋さんに会う日だから、あのピンクのでないと困るのよ」
「買ってもらったんだ」
「この間、誕生日だったでしょ」
姉はそう言うと、部屋の中をあちこち探し始めた。

姉が着ているのは、薄いピンク色の、ふんわりとしたワンピースに、白っぽいグレーのジャケット。
いかにも、デート向きの服装だった。
ワンピースの色は、腕時計のベルトの色に合わせたのだろう。
姉には、ピンクがよく似合った。

いかにも女性らしい柔らかい雰囲気を持つ姉は、学生時代から、男の子たちにもてた。
年齢の割に無邪気で、いくぶん危なっかしいところもあったが、誰のことも悪く言わないおおらかさが、男女を問わず大勢の人を惹きつけ、いつも周囲を友達が取り巻いていた。

そんな姉が、私は自慢だったが、無防備なところもある姉を、妹である私が守らなくては、という家族ならではの責任も感じていた。
母が、「恵梨ちゃんはしっかり者だから安心だけど、お姉ちゃんはひとが良くって、ちょっとねえ」と言っていたせいもある。
童話に出てくる、悪漢からお姫様を守るドラゴンが自分の役割なのだと、思っていた。

ところが、半年前から、私は、お役御免になった。
姉を悪者から守る騎士が現れたのだ。
それが、佐橋さん。
大学受験のために、私が頼んでいた家庭教師だ。
当時、佐橋さんは大学院の修士課程の二年生。
すでに民間企業の就職の内定ももらっていて、私が無事志望校に合格すると、自分のことのように喜んでくれた。

それから2年後、佐橋さんと姉は、偶然の再会を果たすことになる。
オンラインの異業種交流会があり、そこでPCの画面越しに、お互い、どこかで見た顔だ、と思ったと言う。
同時に、相手が誰だか思い出し、すっかり意気投合した二人は、お付き合いを始め、とうとう半年前に婚約したという訳だ。

客観的に見て、二人はお似合いだった。
見た目も、さわやかで穏やかな雰囲気の二人は釣り合っていた。
姉も幸せそうで、私も嬉しかった。

ただ、何て言うか。
手持ち無沙汰と言うか、姉の付き添いという役目がなくなったことで、私の日々の生活には、すきまのようなものができてしまった、と思う。
だったら、もっと学業に精を出したり、アルバイトを始めたりすれば良いだけのことなのだけれど。

ふと、振り返った時に、化粧台の鏡と整理タンスの間に、何か紐のようなものが引っ掛かっているのが見えた。
そっと引っ張ってみると、薄い紫色のリボンが現れた。
その先には、透明のラッピングフィルムに包まれた腕時計。
文字盤は白蝶貝でできていて、針は金色。
革ベルトは、姉の着ているワンピースの色よりは大分濃いが、その分鮮やかで愛らしいピンク色だった。
女の子だったら、誰でも欲しくなるような腕時計。
こんなに綺麗なピンク色の腕時計を、お姉ちゃんは、佐橋さんから、誕生日プレゼントにもらったんだ。

ずるい、という言葉が、頭に浮かんだ。
私は、佐橋さんから何ももらったことなんてないのに、お姉ちゃんばっかり、ずるい。

私はその腕時計を鷲掴みにすると、乱暴にポケットに入れた。
自分でも、その時、どうするつもりだったのか、よく分からない。
どこかに隠そうとしたのか、
それとも、いっそ。

捨ててやる。

お姉ちゃんばっかり、ずるい。
こんな、こんなにきれいな腕時計、どこかへ捨てて…。

「あった!見つかったわ、良かった」
姉の声が聞こえた。

「恵梨ちゃん、あったわよ、良かったぁ」
姉が、にこにこしながら言って、近付いて来る。

私は拍子抜けした。
自分でも混乱しているうちに、さっきまで胸いっぱいに広がっていた陰のようなものが、姉ののんびりした声によって、雲散霧消してしまった。

はっとした。
あの腕時計。
慌ててポケットから出して、見た。
ラッピングがくしゃくしゃになっていたけれど、ピンク色の腕時計は確かにそこにあった。

「あら、それ、見つけちゃったの」
姉が言う。
「あ、あの、これ」
どう言い訳すればいいのだろう。
焦る私に、姉はあっけらかんと言った。
「それ、恵梨ちゃんのなのよ。ちょうど良かったわ」

姉の説明によれば、彼女の誕生日祝いの腕時計を二人で買いに行った時、佐橋さんが、私に大学の合格祝いを渡していなかったことに気付いたのだと言う。

今さら遅いけれど、義妹になる私に、何かプレゼントしたいと佐橋さんが言い、姉が、自分のものと同じ腕時計を薦めたのだそうだ。
こういう小物類は、自分たち姉妹は好みが似ているからと。

「ただ、私と違って、恵梨ちゃんは顔立ちがはっきりしている分、色もくっきりした濃いピンクの方が良いと思ったの。ほら、やっぱり似合う」
私の手首に腕時計をはめさせながら、姉は嬉しそうに言った。

「お揃いよ」
姉の手首には、ワンピースと同じ、淡いピンク色の腕時計がはまっていた。


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