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年末の三重苦<大掃除・年賀状・お節作り>

こんにちは、ぱんだごろごろです。

仕事が忙しすぎて、クリスマス気分も年末気分もまったくなく、職場と家との往復で、毎日がただ流れるように過ぎて行きます。

そんな中、今年の初夏から始めた、古文書読解の通信学習ですが、先月入門編を修了し、今月から基礎編に移りました。
仕事と家事の合間の時間を使って、一日わずかずつですが、勉強を続けています。
つい先日、レポートを仕上げて、事務局に送りました。

さて、12月と言えば、主婦である私にとって、
①大掃除
②年賀状書き
③お正月の準備
(主におせち料理作りやそれに伴う買い物など)
が三大イベントで、同時に三大苦労のもとでもありました。

<大掃除>

年齢が年齢ですから、数年前に夫と話し合い、身体に負担のかかる寒い時期の大掃除はやめることにしました。
気候が暖かくなってから、少しずつ、目に付いた場所をきれいにするようにしています。

子ども達が独立してからは、家の中も、さほど汚れることがありません。

お風呂やトイレは、リフォームしてから手入れが格段に楽になり、お掃除にかかる時間も短くなったので、リフォームして良かった、と毎日のように思っています。

また、換気扇などは、プロの手を借りることも、去年から始めました。


<年賀状>


年賀状は、昨今はやめる方も多いようですが、年に一度、葉書を一枚出すだけで、ふだんは音沙汰のない知人や友人、親戚とも縁が切れずに、お互いの近況を知り合うことのできる、ありがたいシステムなので、我が家では毎年、夫婦の写真入りの年賀状をパソコンで作り、住所も印刷して、ひとことだけ手書きで書き添えて送っています。

むろん、相手が、『年賀状はやめて、これからはメールで送ります』と言う場合には、こちらも相手のやり方に合わせています。

海外在住の友人には、年賀状をカードに同封して、年末に送っています。
これは、あくまで「年賀状」であって、「クリスマスカード」ではないため、あえてクリスマス過ぎの時期に出しているのです。

あと、これは自然の摂理ですが、年上の親戚や恩師へ出す賀状は年々減っていき、最近は年賀状を出す作業もさほど苦ではなくなりました。

今年は、12月20日過ぎに、従兄から、『兄が亡くなりました』というメールが届きました。
いとこといっても、5人姉弟の末っ子である父の、長姉の息子たちのため、亡くなった兄の方は80歳、連絡をくれた弟の方も70代後半です。
(ちなみに、父の一番上の姉の夫(私から見ると、義理の伯父)は、私の祖母よりも年上でした)

亡くなったのが、12月18日だったそうで、それから喪中葉書を作って郵送してでは遅くなると思ったのでしょう。
現に、私も、いとこ兄弟にそれぞれ出す年賀状を2枚、用意していたので、慌てて抜き取りました。

それにしても、数年前までは、親戚が亡くなったとなれば、すぐに電話で連絡が来て、お通夜や葬儀に出掛けたものですが、コロナ以後は、皆ほぼ家族葬で済ませるようになり、親戚と顔を合わせる機会もなくなりました。

<お正月の準備>

お正月は、茅ヶ崎の夫の実家で過ごすため、我が家用に準備するものは、最低限にしています。

鏡餅やお飾りの準備をしたら、あとはお雑煮の具材をそろえ、おせち料理の用意をします。

娘が家にいる時分は、お料理教室で習ってきた、お正月用の見栄えのする料理を作ってくれたものでした。
海老の殻を剥いたり、ウニのソースを塗ったり、息子にも手伝わせて、伊達巻きも手作りしてくれました。

私はと言えば、押し入れからお重を出してきて、娘の作った料理を詰める係です。

昔は、駅前の仲通り商店街で、大きな数の子を買ってきて塩抜きしたり、なますの大根とにんじんをどっさり刻んだり、お煮しめを何種類も作ったりしたものですが、案外足が早いのと、今は娘も息子もいないことから、ほとんど手作りはせず、出来上がった少量のものを、お店から買ってくるだけになりました。

かつて、お正月休みは、休みどころか、嫁という立場の女性にとっては、ひたすら忙しく、くたくたに疲れてしまう日々でしたが、最近は上手く手を抜いたり、やり方を変えたりすることで、それほど苦しいものでもなくなってきました。

このまま行けば、年末の三重苦も、いずれ季節の楽しい風物詩になるのでは、と期待しています。


今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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