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カトマンズの朝 チベット人地区序章

チベット人の朝は早い。まだ店の開かないシャッターが閉じられた裏路地に朝日が差し込む早朝、軽く身支度を整えた僕は宿を出て仏塔周りの巡礼路に早足で向かう。

腰に巻いた民族衣装パンデンが似合うチベット人女性たちを抜かし、小さな商店街を通り抜けてストゥーパへと足を進める。

朝7時前。巨大な白い饅頭の形をした仏塔の周囲には巡礼をする人々で賑わっていた。

今まで幾度この光景を見てきたことか。何10回、いや、100回以上は見てきただろうか。薬草サンが焚かれた煙が立ち昇り、友人や知人同士のチベット人たちが会話をしながら、または一人で黙々と仏塔の周囲を歩く。なかには五体投地で巡礼にのぞむ人も居る。これがこの地、カトマンズのチベット人地区での長年変わらない朝の光景だ。

五体投地での巡礼者
犬くんもまだ寝ている

毎朝、巡礼路を歩く僕はチベット仏教徒ではなく、いかなる宗教にも属していないが巡礼路を歩くことは滞在での日常の延長線上であり、巡礼とはとてもじゃないが言えないほどの単なる朝の運動や思考の整理の時間として行なっている。

チベット仏教における巡礼の吉祥回数である奇数回の周回を手早く適当に済ますと、今日はオバハンが魔法瓶を持って売り歩く一杯30円のミルクティーは飲まずに、裏道の先にある馴染みのコーヒースタンドへと足を進める。

一杯約120円でも本格派

カウンターの向こうの女主人は僕から頼む前に「エスプレッソ?」と聞いてくる。僕は「うん」とだけ笑顔で答えて椅子を外に出して腰掛ける。

基本的に僕は朝食は食べない。砂糖入りのエスプレッソを飲むだけが日常の朝だ。砂糖は混ぜないで下に沈ませて、最後に角砂糖のザラザラした舌触りと甘みを味わう。何処だっけな?誰だったけな?「イタリアではそうやって飲むんだよ」と、いつか若い頃に教えてもらって以来、僕のエスプレッソの飲み方は決まってしまった。

店の奥には顔馴染みのチベット人たちが会話をしていた。「タシデレ(こんにちは)」と「グッドモーニング」のチベット語と英語を混ぜながら言い、笑顔で挨拶を交わす。いつもの朝の顔ぶれだ。一番奥に座るのは昔から知っている、やり手のアンティーク業者だ。

苦味のあるエスプレッソでようやく目が覚めてきた。

巡礼者の数も鳩も落ち着いてきた

エスプレッソを飲み干すとテイクアウト用のカプチーノを頼んで少しだけ嗜んでから宿に持ち帰るのが日課だ。僕は一日三杯はコーヒーを飲む。

宿に戻ると出勤していたマネージャーのスディープが「おはよう!ハチ」と笑顔で挨拶をしてくれる。おはよう、と返すと僕は中庭を抜けて二階の広いテラスに上がる。暖かい朝日はテラスいっぱいに広がっていた。

シミーの後ろ姿

テラスのソファに腰を下ろすと宿の看板猫のシミーが「にゃ〜」と鳴きながら寄ってきてテーブルに登ると一瞬何か言いたげな表情を僕に向けて、どかっと寝そべる。たぶん、シミーは僕が座るこのソファに座りたかったのだろう。朝、この席にいつもシミーは寝ているからね。今日はちょっとだけ僕の方が早かった。猫はいつだって一番良い場所を知っている。

まだ僕の旅は始まったばかりだ。いや、正確には始まってさえいない。

僕はいつもの行動をこなしているだけだ。習慣に身を任せているだけだ。空港到着から入国手続き、諸手続きやホテルのチェックイン、知人や友人たちへの挨拶など全てオートマティックに進んでいる。

旅行から旅への移行には、眼にする風景風土、文化や価値観を感じ、出会う人との会話にゆっくりと心と身体を馴染ませながら心を深く潜らす必要がある。仕事を始めるにはまだ早い。

旧友ネイスンから「今インドネシアに居て、バンコクで用事を済ましてから数日後にはカトマンズに行くよ」と連絡が入っている。いつでもどこでも同じタイミングで現地で落ち合うのだが、彼とは何かの縁があるのだろうか。それともただ単にディーラー同士の同じ人生リズムなのだろうか。何も分からないが今回もいつもの顔ぶれとなりそうだ。

僕がやるべきことは、独りの時間を確保しながら自分と対峙する瞬間を静かに待つとしよう。それまでは調整をしていこう。そうだ。いつもの様に少しずつ自分の旅をする心の準備をするのだ。焦らなくても自然とその時はやってくる。

僕の旅はそこから始まる。

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