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あの音が、私の手を引っ張ってくれた

子どもの頃から音楽は身近にあった。車に乗ればいつも歌謡曲が流れ、テレビからは音楽番組で歌うアイドル、小学生の頃は友達と一緒に歌ったし、暇があればピアノを弾いていた。中学生の頃は自分の部屋でいつも音楽を聴いていた。音楽が好きだったし、聴いて歌ってただただ楽しいものだった。

高校生になってすぐ学校に通えなくなった。高校に通って卒業するという道を当たり前に想像して、それ以外の道なんて考えたことがなかったから、ぷつりと道が途絶えてしまったようで、目の前が真っ暗になってしまった。なんとか通おうとあれこれもがいたけれど、行こうと思っても行けなくなり、がんばる力がことんとなくなってしまった。

そこから、何もやっても失敗して挫折して空回りして落ち込んで、もがけばもがく程、どんどん転げ落ちていった。

朝がつらい。晴れた気持ちいいはずの空が眩しすぎる。みんなが学校や仕事へと出かけていく朝の気配が苦しい。布団をかぶる。目を閉じる。気配が消えて静かになるお昼までずっとベッドの中。頭に浮かぶのは自分を責めることばかり。考えたくなくて、流れるテレビの映像を眺め続ける。気がつけば部屋が薄暗くなって夕方になっている。外に出なくちゃと思うけど、外に出るのがこわくなってしまった。近くの本屋さんに行こうと思って、服を着替えて鏡の前に立って出かけようとするけど、鏡の前から動けない。時間だけがどんどん過ぎて、それだけでぐったり疲れて結局出かけられないまま終わる。夜ごはんを食べてお風呂に入って、ベッドに入るけど眠れない。横になったままテレビを眺める。放送がなくなる時間まで眺め続けて、朝方やっと眠りにつく。

そんな自堕落な毎日。何を見ても、好きな音楽を聴いても音は素通りしていった。ただ息をしているだけの毎日。

ある夜中、つけたままのテレビをベッドの中から眺めてた。地方のテレビ番組。お笑い芸人が笑いながらはしゃいでいる。音楽の紹介コーナーが始まった。新人バンドのMVが流れ始めた。びっくりして飛び起きて映像に釘付けになった。「なんだこのかっこいい音楽は!」という衝撃。心臓がばくばくしていた。
映像が流れ終わった後、その地方の番組観覧ライブの告知が流れた。そのバンドも出るらしい。慌ててメモを書き留めて、次の日に応募した。

近くの本屋さんにもこわくて行けなくなっていたのに、ライブハウスなんて私には縁遠くて行きたいと思ったことすらなかったのに、このバンドを生で観たくて聴きたくて、電車に乗って、地下鉄に乗って、少し離れた街のライブハウスへと出かけた。外がこわい、人がこわいという気持ちはあったけれど、こわさよりほんの少し生で音を聴きたいという気持ちの方が大きく、私は初めてライブハウスで、目の前で生で鳴らされる音楽を聴いた。

圧倒されていた。心の中はぐるぐる掻き乱されて、衝撃を受けて、大きく高鳴っていながら動けずにいた。立ち尽くしたまま観終わった。

帰りの電車で、爆音がまだ耳の中で鳴っていて、心地よい疲れと、圧倒されてしびれたような気持ちで電車に揺られて家へと帰った。

その時から私の中で何かが変わった。
相変わらず失敗ばかりを繰り返していた。ぼんやりと理想を描いては勇気を振り絞って一歩踏み出して、相変わらずうまくいかなくて、逃げ出して、落ち込んで、動けなくなって、もうダメだもうダメだ……の繰り返しだったけれど、あきらめかけた時にほんの少し背中を押してくれたのが、そのバンドの音楽だった。CDを買うために、ライブに行くために、ほんの少しだけ勇気を振り絞った。あきれる程、同じような失敗を繰り返して、浮いたり沈んだりしながら長い年月をかけて、ほんの少しずつ出来ることが増えていった。

そのバンドが解散すると決めた頃には、私もやっとなんとか働くことが出来るようになったのかもしれない、と思えるようになっていた。なんとかアルバイトを続けられるようになって、正社員で働きたいと思い始めていた。

解散ライブをこの目に焼き付けなくては、と思って、深夜バスに乗って解散ライブを観に行った。「ありがとう」と思いながら、もみくちゃになって観て聴いて焼き付けた。

そのバンドは解散したけれど、新しいバンドでかっこいい人は音を鳴らし続けていた。その音楽を聴きながら、私は正社員で働き始めた。新しい世界に飛び出した。好きな人が出来た。さよならした。ずっとやりたかった仕事に運良く巡り会えた。結婚して子どもが産まれた。新しい生活や思うようにいかない子育てに思い悩んだり、子どもが学校になじめなかったり、好きだった仕事を辞めざるを得なくなったり、人づきあいはうまく出来ないままだったり、悩み事はつきなかったけれど、無我夢中だった。

年を重ねたせいなのか、子育てのこと、仕事のこと、自分の性格のこと、人づきあいのこと、うまくいかないことも前とは違う受け止め方が出来るようになってきたような気がする。

生きることに思い悩んでいた時期から、ずっと私の側にあったかっこいい音楽。自分の時間が少し持てるようになった頃、ひさしぶりにライブへと出かけた。あいかわらずかっこよかった。また圧倒されていた。真っ白な照明に照らされて、大きな音と強くて優しい声が響く中、天国にいるような気持ちになった。自分の正直な気持ちに、迷わず今、一歩踏み出すということを教えてくれたこの音。

初めてこの音を聴いた時からずっと背中を押してもらっていた。今もずっと。伝えなくちゃ。唐突にそう思って、その気持ちを手紙に書いて送った。

タイミングが合えば、あの頃のようにライブに行こう、そう思った。対バンライブがあったので、また電車に揺られて少し離れた街まで観に行った。とても強い音で声で、とても楽しそうだった。

そのかっこいい人が、療養すると発表された。少し前に、私の父も同じ病になり療養生活に入ったところだった。手術と入院。父のことを思って、その治療方法や手術内容など調べたり聞いたりして、無事に治るよう祈った。父のことと一緒に、かっこいい人のことも祈った。

父はいろいろあり大変な思いをしたけれど、半年かかって無事退院することが出来た。もともと細い体がさらにやせて、筋肉も体力も落ちてしまったけれど、家に帰っての生活に戻った。

かっこいい人もしばらく休んだ後、また戻ってくるものだと信じていた。けれど、かっこいい姿を残したままいなくなってしまった。

それから1年以上の時が過ぎた。毎日、笑ったり、怒ったり、しんどかったり、悩んだり、いろいろあるけれど、それなりに楽しく毎日を過ごしている。だけど、やっぱりさみしい。あの姿を、笑顔を、強くて優しい声を、新しい音楽をもう聴けない、観られないということが。

さみしいし、新しい音楽は聴けないけれど、今もやっぱり変わらずにあの音が鳴り続けている。ここぞという時に背中を押し続けてくれている。

今、毎日の暮らしに音楽はかかせなくなっている。心が晴れるきれいな青空を見上げて、食べて、働いて、生活を送って、遊んで、眠ってを当たり前のように繰り返して日々暮らせていることは、音楽の力だけではない。たくさんの小さな支えや出会いがあってここにたどり着けたと思っているけれど、あの時あの音に出会えていなければ、今の私は確実にここにはいなかった。立ち上がれなくて生きることにもがいていたあの時、ぐいっと強く手をつかんで引っ張り上げてくれたあの音に助けられた。そしてそれが今もずっと続いている。たぶんこれからも。おばあちゃんになる日が来ても、多分ずっと私の中で鳴り続ける。

何を感傷的なことをって笑い飛ばされそうだ。

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