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深夜2時半、びちょびちょのおばさん。

人生で1度だけ、おばけを見たことがある。

19歳の夏、深夜2時半過ぎ、実家の私の部屋。
この目でたしかに見た。


大学生だった私は当時、札幌市内のボウリング場で朝方までアルバイトをしていて、すっかり昼夜逆転のカス大学生だった。


ボウリング場には、当時36歳の坂本さん(仮名)という先輩スタッフがいた。ボウリング好きのおじさん。どれくらいボウリング好きかというと、娘さんをプロボウラーに育てあげるくらい。



ボウリング場の休憩室バックヤードは、むさい場所だった。熱気ムラムラで、油臭く、休みなく稼働するボウリングの機械音で、会話をするときは、耳を近づけなければならないバックヤード。

そこである日、肌が浅黒く、
小汚い格好をした坂本さんに言われた。


「おい、イトー、シフト変わってくんねーか?」



「あ、はい、いいっすよ」

「さすが、イトー!」

「いつですか?」

「来週から2週間、火曜と木曜出られないから、
 そこを代わりに埋めてほしいんだ」

「2週間出られないんですか?」

「娘の大会でよ」


バイトとして入社した私は、3か月で仕事を覚え、レジ締めや閉店後のセキュリティ、金庫の管理を全て任されていた。

ボウリング場の支配人から「こいつはマトモだ」と思ってもらったようで。

閉店業務ができるのは、
坂本さんのほかに私しかいなかった。


「まあ、ぼくしかいないっすからね」

「すまんな、頼むわ!」


そう言って休憩室からルンルンで出て行った坂本さんを見送ったあと、自分のシフト表を見た私は、ある重大な事実に気づいた。


「こりゃ、マズいな……」


週5日で夜働いていた。休みは週2日。勤務スタートは18時。平日は深夜1時まで働く。金曜・土曜は深夜3時までが勤務時間。

坂本さんが2週間いないということは、
この週2の休みが消えるから……

2、3、4、5、6……19、20、21、22……。

22連勤!?

22連勤なんて、したことがなかった。

大学生はよく言うでしょ。

「いやぁ、バイト5連勤だわぁ、キッつ」
あはは! 働くね~!


22連勤は未知の世界。
これまで100mを11秒台で走っていた人が、9秒台に突入して見る世界のような……ちがうか。



22連勤中は、たくさんのトラブルがあった。毎日、長時間働いた。深夜まで働いて、家に帰って眠る。

大学生だから授業に行くかと言われれば、行かず。でも、たまに行き。大学へ行くと、高校と大学が一緒の友人から「あっ!パンダが来た!」と言われ。

パンダにはめったに会えないから、彼は私をそう表現した。
うまいのやらなんなのやら



おばけを見たのは、この22連勤中の佳境、
20日目の深夜であった。


思うに、おばけがいるかいないかは棚に置いて、この時の私は疲れていた。とにかく疲れていた。

季節は夏で夜は寝苦しかった。なぜなら、私の当時の部屋は実家の2階の約8畳の部屋で、ロフトベッドだったから。熱気は高いところにいくもの。

当時の私の実家は、2階に3室。
ひとつが私の部屋で、もうひとつが弟の部屋。
最後の一つが両親の寝室だった。


22連勤。連日の深夜バイト。


疲れていた。


結論から言うと、私は金縛りにあった。

深夜2時半、ロフトベッドの上で。
身体がまったく動かないのだ。


そこで私が見たのは、たしかにおばけといえば、おばけ。だが、当時から「あれは夢だった」と思っている。


金縛りは身体的・精神的負荷が大きなときになると思われる。身体が睡眠状態で、脳が起きている状態だ。

睡眠中の夢はイメージが脳内で具現化されたもの。金縛りにあうと怖い。その恐怖がおばけを私に見せたのだと思っている。

後にも先にも金縛りにあったのはあの1回だけ。
疲れてたんだよ



バイトを終えて、家に帰る。
身体が中型犬5匹を背負ってるくらい重い。
シャワーにも入らず、くったくたで眠った。



で、深夜2時半過ぎ。



突然目がさめた。

身体が動かない。

……金縛りだ! 初めてだ!
こ、怖い! 部屋はまっくら。
家族が起きている気配は? なし!

眼だけが見ひらかれている!

う、動けん!

自室のロフトベッドの上、仰向けの私。
目の前にはくすんだ天井。とまどう私。
襲ってくる恐怖。怖い!

とにかく怖い!


体感時間にして1分!

(……う、動けねぇ~)と困惑していると、

その左側。


誰かのうめき声が聴こえてくるではないか!

「……ううううううう」と低くうめいている!



夜中にまっくらな部屋でうめくのって、
あれしかないじゃん!

おばけしかいないじゃん!

襲ってくる恐怖!

どうしたらいい! どうしたらいい!


……み、見たい!


このうめき声の発生源が何かをたしかめたい!

う、動けおれ! 金縛りで動かないこの顔を左側に向けろ! 発生源を確認するんだ!


ぬおおおおおおお! と首に力を入れた。

握力では破壊できないスマホを破壊しようと、一生懸命こぶしを握りしめるけど、スマホがビクともしないような感覚に似ていた! でも、

動いた! 顔がゆっくりと左を向く!
うめき声はまだそこにある!

たしかめろ! 発生源を確認しろ!

私の顔はやがて完全に左側を向いた。
さぁ、なんだ、なにがうめいているんだ!

びちょびちょのおばさんだった。



見たこともないびちょびちょのおばさんだった。
顔と顔の距離は40センチくらい。

黒い長髪がびちょびちょのおばさんが、私の胸に両手をあてて抑えているではないか。60歳オーバーくらいだ。怖すぎる。目をそらしたい。

……

う、動かん! なぜだ!
あ、そっか! これは金縛りだ!

なぜ確認した! おれは! なぜ!
左をむいてしまったんだ!
おばさんはびちょびちょだ!


やめてほしい! 私の胸に手をあてて、両手で抑えるのをやめてほしい! びちょびちょのおばさんが何故びちょびちょなのか見当もつかないけれど、とにかくやめてほしい!


声を出せ!
やめてほしいと意思表示をするんだ! なかなか出てこないうんこを出そうと踏ん張る感覚だ!
出ろ! 俺のうんこ




「…や……め………ろ…」

(……ポチャン)


出た。言えた。声が出た。

するとびちょびちょのおばさんは、
す~っと消えた。

あぁ、よかった……。



このとき、恐怖でいっぱいの私が思ったのは、

(こ、このままここで眠るか? ム、ムリだ!)



すぐに行動に移した。
深夜2時半、両親の寝室に飛び込んだ。


ドアをドカンと開けて私は言った。


「か、か、母さん! おばけ出た!!!」



19歳の夏、深夜2時半。

私は大好きな母と父のあいだに入って眠った。

身体をピトッとくっつけて眠った。

安眠だった。


<あとがき>
だれにでも安全地帯が必要です。このときの私にとっての安全地帯は、両親の間でした。あれから金縛りにあったこともなければ、おばけを見たこともありません。絶対に私の空想が作り上げた夢だったと思うのです。大学生諸君! 深夜バイトは絶対にしてはいけません! 最後までありがとうございました。

■母さん! 読んでる? いつもありがとう!


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