雨の日だけしゃべるおじさん
この町にはもう20年も雨がふっていません。
カラカラです。傘なんて、教科書でしか見たことがない子もいます。
この町には「雨の日だけしゃべるおじさん」がいました。
名前はたぶん、雨田さんといいます。ほんとうかどうかは知りません。いつもニコニコして、誰に話しかけられても、ぺこっとおじぎするだけ。
「雨がふったら、しゃべるんだってさ」
「ほんとかな。20年しゃべってないってことでしょ?」
「誰も雨田さんがしゃべってるところを見たことがないよ」
町の子どもたちは半分うそだと思っていましたが、雨田さんが声を出しているところをほんとうに誰も見たことがないのです。
ところがある日。ぽつん、と空から一滴。
バケツに入って、チンッと音がしました。
20年ぶりの雨です。
そのとたん、雨田さんがぴたりと立ち止まり、くるりとふりかえって「おはようございます」と言いました。
しずかになった町に、その声だけが、ぽん。
「きのう、ネギが安かったですね」
「うちのネコがさいきん太ってきました」
「ふとん干しっぱなしで濡れそうです」
「カレーは3日目がいちばんおいしいですよね」
雨田さんが話したのは、たぶん、だれでも話したいことでした。別に特別なことはひとつも言ってません。でも雨田さんはうれしそうです。まるでお母さんといっしょに「おいしいね」と言って、もうひとくち食べるときのような、それはもう、うれしそうにしゃべりつづけています。
それを見て町の人も、なぜかうれしくなりました。
「しゃべるって、たのしいな」と思いました。
雨の中で子どもたちは、雨田さんとたくさん話しました。
たぶん、雨の音より、声のほうが大きかったです。
