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世に出すまでもない創作欲。

ティンバーズの林太郎くんと札幌で会ったときに「ダーキさんはここまで積み上げてきたnoteを、今後お仕事でどう活用していくんですか?」と聞かれたような気がする。

そこで答えたのは、

「別にこれを仕事で活かすことは考えていないし、むしろ趣味。でも、noteにしてもスタエフにしても、いつのまにか実験の場になってるかもしれない〜!」

ンゴ

みたいなことをほざいた気がする。

スタエフの以下の回(01:29:44)部分で。

何回も書くけど林太郎は賢くてスゴいヤツだ!

SNSは実験の場。

もちろん、自分の中にあるムズムズとした表現欲を満たすための、自分だけで完結する創作の場所であることは否定できない。だけど、もうひとつの感覚がある。

他者同士が交流できるコミュニティみたいなものの実験室だ。

いつだったか、現代はリアルの場での言論空間がない、的なことを主張するキリリな記事を書いたことがある。

その内容を噛み砕けば、全員が全員ではないが、思ってること考えていることがあるのに、それを発表する場がないから、鬱屈とした何かがずっと溜まる感じがする、みたいな主張だ。うーん、なんとも。


noteにスタエフ、Xにインスタ。YouTubeにTikTok。個人の発信力はどんどん高まり、自分がいいと思えるものを発信できるようになった。

が、どこかフォロワーだとかの「数」に縛られる傾向があるのがSNSだから、本当に自分の好きな発信ができているかというとクエッチョン。他人の目が気になるわけだね。


であるから、本当に自分が考えていることを発表したり、他者が考えていることを聴くことのできるような場づくりがしたいのだ、と常々思っている。商業的な香りがしない場所だね。


てなわけで本編はここから。

▶︎やりたい実験

林太郎くんに始めて会ったのは、札幌のJRタワーホテル日航札幌のティーラウンジだったのだが、彼に聞かれてもないのに「私には夢があってね」とキング牧師のような話をした。

夢というか、実験というか。

それは、Web空間と現実空間に、言論空間を作ることである。虚構と現実がリンクする場所だ。

そこでは日常のあれこれをみんなが本音で話しあい、今日あったことや考えたこと、悩んでいることややりたいこと、それを批評も批判もせずにしゃべり散らす。

他者の目を気にしているようで気にする必要がない、そういう絶妙なプラットフォームを作りたいのだ。もうあるかもしれないけど。


▶︎やりたい実験の具体例

そういう空間で、
私がやりたいことの一例を挙げると、

・発表するまでもない音楽の発表

プロになるほどではないが、学生時代から取り組んでいるバンド活動や作曲活動の発表の場。コピーでもいい。いままでどこにも発表したことはないけれど、でも誰かに聴いてほしい。そういう欲求に応えるような、ニコニコな空間。

・発表するまでもない詩の朗読

これまたやはり、谷川俊太郎だとか、そういう一流の詩人ほどではない人たちが、自分の創作物を発表する場。人様に見せるまでもないレベルでも、それについてだれも文句を言わないし、嘲笑することもない。そういう場。

・本当は着てみたい洋服を着て何者かになる

ユニクロ風なモノトーンの洋服を着て、他者と均一な自分になる。が、実は本当に着たい洋服はカラフルでビビットなもので、それはまるでレディ・ガガ。だけど、そんなものを着る勇気もないし、どこで売ってるかも分からない。私が描く場所には、洋服が大量にあり、無料でもらうことができる。着たい人だけがそれを着て「いいねぇ」なんて言い合う場。

・好きなもの、嫌いなものの意見交換

自分が好きな食べ物、映画、ドラマの思い出を語り合う。それを理解できる人はうんうん聞き、理解できない人も「それはどうして?」と質問してくれる。みんなで輪になって、ただ喋り合う。ただただ喋り合う。ひたすら喋り合う。

・美容師やネイリストの練習の場

本当はこんな髪型になりたい、こんな髪色で踊ってみたい。ネイルはもっとカラフルに。でも、この社会を生きているわけだから、人目が気になる。

そんなことを無料でサポートしてくれる素敵な美容師やネイリストがいたなら。ここではだれも咎めないし、文句も言わない。みんなが変なことをしているから、自分だけが異端だと思うこともない。そういう場所。


ここはつまり、人様の目を一切気にせず、無限の表現欲を発散できる場所。自分だけではできないことを、それを得意とするだれかの力を借りて実現する場所。

だれにも馬鹿にされず、堂々と喜びや悲しみを表現できる場所。普段考えていることをなにも気にせず発表し、ただただ意見をぶちまけられる場所。


こういう思い切ったことをSNSでやるのははばかられる、という方がもしもいるのなら、というかこのnoteにはそういう方だらけだと思うのだが、そういう場所が、Web空間と現実空間にあったなら、ともう何年も考えている。


「こいつは何を言ってるんだ」と、この記事を嘲笑する方は、おそらくとっくにこの記事を読むことをやめている。だから続ける。


で、

この先を読んでくれる方の中には、きっと勘のスルドイ方がいて「え? それって……?」と思い当たる場所がある。今書いたことが叶えられる場所が世界にはすでにある。




▶︎世界は広くてすでにある

「バーニング・マン」である。

何かを燃やせ!

バーニング・マンは、アメリカ北西部の人里離れた荒野で年に一度、約一週間に渡って開催される。例年、8月の最終月曜日から9月の第一月曜日(米国の祝日「レイバー・デイ」である)までがバーニング・マンの会期とされている。

会場となるブラックロック砂漠は、ネバダ州リノ市の約150km (90マイル) 北北東に位置する乾湖(Dry lakebed)である。各参加者は、この「プラーヤ」(Playa)と呼ばれる何もない塩類平原(en)に街を作り上げ、新たに出会った隣人たちと共同生活を営み、そこで自分を表現しながら生き抜く。そして一週間後、すべてを無に還す。

wikipedia「バーニングマン」


このバーニング・マン、10の根本理念がある。

10の根本理念 (10 Principles)

01.『どんな者をも受け入れる共同体である』(Radical Inclusion)

02.『与えることを喜びとする』(Gifting)

03.『商業主義とは決別する』(Decommodification)

04.『他人の力をあてにしない』(Radical Self-reliance)

05.『本来のあなたを表現する』(Radical Self-expression)

06.『隣人と協力する』(Communal Effort)

07.『法に従い、市民としての責任を果たす』(Civic Responsibility)

08.『跡は何も残さない』(Leaving No Trace) 

09.『積極的に社会に参加する』(Participation)

10.『「いま」を全力で生きる』(Immediacy)

バーニンバーニン


バーニング・マンを北海道でやりたい。

年に一度、数日間、北海道のどこか知る人ぞ知る人だけが集まれる場所。日本全国、世界から参加者を募る。この記事で書いてきたようなことを、思う存分できる年1回の場所。終わればすべて無に還る。


そういう場所を北海道に作ろうと思う。


▶︎フェスが嫌いな陰キャなもんで

が、私はフェスが嫌いだ。陰キャだから。

フジロックにも行ったことがないし、北海道のライジング・サン・ロック・フェスティバルにも行ったことがない。

こう言っちゃなんだが、行く意味がよく分からない。何が楽しいのか分からない。食わず嫌いだ。行けば楽しいことを知っている。

でも、

誰かが何かを発表している場に行って、それを指をくわえて「すげー」と言っている意味がよくわからない。「おれにもやらせろ」と言いたくなる。私は表現欲のカタマリで、何者かでありたい恥ずかしい人間なのだ。




▶︎もうひとつやりたい実験

個人的に思っているのは、やりたいのはバーニング・マンだけではない。喫茶店もやりたい。

AIが発達しすぎて、もうすぐ人間の仕事はなくなると思う。完全にはなくならないけど、とりあえずなくなると思う。そうなってくると、私は喫茶店でもやりたい。

ずっとそこでお茶かコーヒーでも飲んで、きてくれたお客さんをもてなしたい。なにか話がしたい。人間にしかできない遊びの空間を作りたい。


札幌のとある場所、とある曜日、とある時間に私がいる場所。来店した人が「あの……イトーさんですか?」と質問してきて「あ、そうです」と言ってみたい。「やっぱり目立ちたがりなんですねぇ」と言われて「えぇ、そうなんです」とでも言いたい。


こう考えてみると、このnoteもそういう場所にしようと思えばできるし、なんなら「おなぐさめラジオ」はすでにそうなっている気もする。

もちろん自分が目立ちたい、みたいな欲求はあるのだと思うけど、他者が考えていることも知りたいし、みんなで話し合ったら愉快だな、と思っているわけ。

だから飽きもせずスタエフをやってる。てことは、規模は小さいけれど、Web空間ではもうやりたいことはできているのかもしれない。


▶︎まとめ

とにかく、

これからはそういう場所を作る人がもっと増えて、そういう場所に通う人も増えることと思う。自らやるまでもないけれど、そういう場所が必要な人が今後増える。

だから私は、
バーニング・マンと喫茶店を北海道に作りたい。

目標は2025年。具体的には何も決まってないけれど、でも勝手にやると思う。


そうなったらいつだって、
遊びにきちゃってもいいんだからね。

<あとがき>
商標のこととか土地のこと、費用のことなど考えることは山ほどあります。自分の事業をやりながら、資本主義とは別の社会実験をやってみたいとずっと思っています。その場所としてこの北海道というのはうってつけで、本家バーニング・マンや静岡でおこなわれるバーニング・ジャパンとは一線を画したものを、真冬の北海道でやったらおもしろそうだ、なんて思ったりしています。考えることが山積みだぁ。今日も最後までありがとうございました。

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