科学のチカラがない。
私は作曲もできないし、アプリの開発もできない。分子や元素の話もできないし、工学の知識や大規模言語モデルの知識もない。
複雑な演算もできないし、映画も撮れない。小説は書いたこともなければ作詞活動もしたことがない。
でも、この場所は文章を書く場所であるから、文章を書くという行為はできる。簡単にできるし、たぶん好きなことだ。
でも、それだけ。
世界を変えてきたのは科学だと思っている。技術やアイデアが世界を変えてきた。文章で世界は変わらない。いや、もちろん広報活動では文章を使って世界を変えるかもしれないけれど。あと小説も文章なんだけど。それは素晴らしいんだけど。
なんて言えばいいんだろう。
科学ってのはこう、目に見える感じ。そして生活にきちんと役立つものって感じ。一方で文章は、あくまで伝達の手段のひとつ。生活を根本からは変えない。新しい感じはしない。
文章はアートであり、センス。
なんだかそんな感じ。文章と科学は対立させるものではないかもしれないけど。
やりたいのはアート活動とか、センスをひけらかすみたいなことじゃない。もっと、こう、科学的な。たぶんだけど、だあれも見たことがないプラットフォームを作りたいのだ。アートもセンスも入る余地のない圧倒的な何か。いい気になってる場合じゃない。科学のチカラが抜群にない。
遥か地平の彼方を見ていたい。できることなら永遠に生きていたい。でも、とにかく科学がない。科学のチカラがないから、何も作れない。
それが出来ないから、他人が作ったこのプラットフォームにお金も払わず乗っかって、ずっと自分を保っているような気もしている。気もしているというか、事実だ。そこに対する違和感、自己矛盾、我が身に対する憐憫のようなものがある。
なにか科学のような新しいものがあって、それを世に広めるために、アートやセンス、文章みたいなものを組み合わせればいいんだけど、その根本科学が私にはない。
休んだほうがいい気もするのだけど、止まるつもりはない。止まれば終わってしまうことをだれよりもわかっているつもりだから。
だれか、こんな私をおなぐさめしてほしい。

〈あとがき〉
忙しいのは効率的にできていない何よりの証拠で、自分のあさましさ加減にため息が漏れます。今日の記事は9月に書いていたもので「あぁヤバい」と思って急遽仕上げました。記事に書いてあることが全てとは言いませんが、そんな気持ちでずっといるのです。今日も最後までありがとうございました。
【関連】全然関係のない記事はコチラ!
