血道 第四部『血道』 断片
宴会だ。
あの家があんな風に行事ごとでもないのに集まる時、決まっておかしなことが起こる。
里子は庭の片隅、遠巻きに集まった車を見ていた。
大山里子。彼女の家の屋号は小山で、五代ほど前に大山本家から財産分けしてできた分家だ。
大山のマケの人間で、御山には暮らしているが、大山の血道の人間ではない。
里子の家にも血道の親戚はいるが、あの家のように濃い付き合いはしていない。あんな風に行事にあつまって、宴会をひらき、儀式めいた供養なんてしない。
仕方ない。あの家は、そういう家なのだ。
里子は幼い頃、昨年亡くなった八千代が面倒を見てくれていた。文字が読めた八千代が農作業の合間に里子に読み書きを教えた。
八千代は、大山家の総領娘だった。大正の世にうまれ、戦争という厳しい時代を生き抜いた。財産のある家だったから、金に苦労はしなかったのかもしれないが、八千代は身内の不幸からは逃れられなかった。
ようやく生まれた長男であり、末の子は戦争の間に死んだ。空襲でも、飢餓でもない、ただ、流行病をこじらせた。
戦後、大山の家が当番だった時に、地域の米蔵が壊されほぼすべての米を盗まれた。それの補填も、大山の家が行った。
こうして、八千代は自分の身の上に降り注いだ不幸を浴びて、真っ直ぐ前を向いて生きていた。生まれたころにはいた女中や小作人を雇えなくなり、慣れない家事や農作業にも精を出した。
八千代は気の強い女だった。そして、それゆえに苦労したこともあろうが、八千代がいたからこそ、あの家の日没は、少しは伸びたのではないだろうか。
八千代の妹の鶴は不憫だった。あの家の女らしく線が細くて、気が付いた時には姿が見えなかった。
大山本家の女は、■う。■うと、座敷牢に入り、死ぬまでそこに隠される。
八千代の孫の美国が、座敷牢に入ったと聞いた時、代が変わったのだと実感した。鶴が死んで十年以上、だれも■わなかったのだから、八千代の存在は大きかったのだろう。
八千代が亡くなった今、美国たちを守るものはない。
だから、美国の番なのだ。
「おばあちゃんは、交ざんないの?」
見たこともない、派手でナンパな男が声をかけて来た。
車の陰にいた里子がびっくりすると、男は猫のように笑った。
長い髪を頭の後ろでくくり、サイズの合っていない大きい服を着て、まぶしくもないのに色の入った眼鏡をしている。
里子の常識からすれば、この男は不審者だ。
ただ、この雰囲気を持っている人間を知っている。命令をすることに慣れた存在。里子が幼い頃、大山の家に感じたものと同じだ。
「この山に住んでるってことは、親戚なんでしょ? チミチっていうの?」
「んや。オレは血道でねえ」
「そうなの? ややこしいねえ、チミチって」
「おめえらは何しにきた」
「招かれざる客やってんの。この家、変だから。少しでも、何かが変えられたらと思ってね」
「……おめえ、坊主かなにかけ?」
「いや、医者」
医者。坊主としたらずいぶん生臭いが、医者としても十分生臭い。
里子のじろじろ見る目つきを気にすることなく、男はにぱっと笑った。男らしいとは言えないが、華やかな顔立ちをしているのが分かる。テレビや映像で見るのが似合いの男だ。
こんな山の中では、浮く。
「精神科医。ちょっと行きがかり上、こちらのお嬢さんと知り合ってね」
「大山の女は病がちだけんの」
「ふうん、随分と柔らかい言い方をするんですね」
男は笑う。
里子は答えない。時代が変わった。昔のようにうわごとを言い続ける女を座敷牢に閉じ込める時代ではなくなったのかもしれない。
大山の女たちだって、医者に掛かれば最後まであんな座敷牢に住まう必要はなかったはずだ。
鶴は、活発な子だった。庭先の木を登り、鶏を絞めると言ったら誰よりも先にやりたがった。そんな鶴でさえ、大山の女の呪いには勝てなかった。
「どうして、遠巻きに見てたんです? そんなに親戚と血道は違うんですか?」
「行けば、いれてくれっぺな。でも、オラはいい」
数十年前、あの日もこんな風な宴会があった。
八千代と鶴は自分たちで仕立てた着物を身に着けて、振る舞いを出した。あの時、里子は八千代と鶴に誘われて宴会に出た。その時、ふたりの着物を借りて、とてもうれしかったことを覚えている。
だが、あの宴は、異常なものだった。晴れ着とごちそうに喜んでいた幼い自分は何も知らなかった。
ちらりと見る座敷に、見知った顔が並んでいる。
大山美国が着物姿でいた。
あの着物は知っている。八千代のものだ。あの晩も、八千代が身に着けていた。
あの地獄の夜。親類の男が惨劇を繰り広げた夜。
あの晩を境に鶴は座敷牢に入った。
大山の女は。
ふっと、美国が顔を上げた。庭にいる男と里子に気づいて、少しだけ驚いたようだったが、小さく笑った。薄い唇に塗られた真っ赤な口紅が嫌に目立つ。
里子はぞっとした。
あの晩、あの座敷でおきたことを、直接知っているのは里子だけだ。
あの晩、あの宴で何が起きたのか。
なのに、美国はあの日の鶴そのものに見えた。
男が、里子の様子に気付いて声をかける。
「おばあちゃん?」
「オレは関係ねえ」
家に、あの日の晴れ着があるはずだ。
鶴は死んだ、鶴は死んだ、あの日、宴の後に座敷牢に閉じ込められた鶴。
里子は男をおいて、逃げるように坂を下った。家に入り、押し入れの行李を取り出す。
今でも、美しいしっかりとした晴れ着がそこで眠っている。
「お鶴ちゃん……すまねえ、すまねえ……」
この行李には、あの日の少女の鶴が、眠っている気がする。
