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血道 エピローグ①

 体が全く動かない。
 目を覚ました時、樹音は真っ先にそのことに違和感を覚えた。無理やり体を動かそうとし、香菜子がひょっこり顔を出したことに気づいた。
「動いちゃだめだよ、樹音くん、足と肋骨折ってるから」
「わぉ」
「麻酔はもうずいぶん前に切れてるけど、大丈夫?」
「大丈夫、動きにくいな~くらい」
 香菜子自身、頭に包帯を巻き、大きな内出血が見える。
「おれより、香菜ちゃんのほうがひどそう」
「何言ってんの。鏡見れてないからわかってないだけで、樹音くんは雑巾みたいだよ」
「そんなにボロボロ~?」
 樹音はゆっくりと自分の状態を確かめてみた。指先は動いたが、奇妙な重さがある。足はギプスで固定され、つられていた。
「ここ、おじさんの病院?」
「うん。だから、あたしと樹音くんが同室にしてもらえたの」
「コネだね~」
 親類に医師が多いと、こういう時に便利だ。
 広めのふたり部屋には、窓辺に応接セットがあった。そこに香菜子が座っていたのだろう。伏せられた本とペットボトルが置かれていた。
「どれくらい経った?」
「一週間くらいかな。結構早かったよ、何回か意識は戻ったけど、高熱出してたから、樹音くん」
「うーん、一週間か。香菜ちゃんは、もう大丈夫?」
「体はね。一応、頭を打ってるから、入院は継続だけど」
「無理はしないでね」
「樹音くんがね」
 香菜子は笑った。丸みを帯びた頬に浮かぶえくぼは子供のころと何も変わっていない。
「……家が崩壊した後、どうなった?」
 樹音が尋ねる。
 少し困ったように香菜子は眉を下げた。
「燃えた。全部……あたしたちは、たまたま助かった……ううん、多分、あたしたちは資格がなかったんだと思う」
「資格?」
「近所の人たちが来てね、あたしと樹音くんを引っ張り出してくれたんだけど、その人たちは軽い怪我とかやけどはしたけど、だれも大怪我をしなかった。聞いたら、血道の人じゃないんだって。
 あの『祟り』は、血道の人間だけを選んだんだと思う」
 香菜子の声は沈んでいる。
 あの日、家が倒壊した瞬間のことを、樹音もうっすらと覚えている。
 まず、天井が落ちた。もうふらふらだった香菜子を抱えたまま、樹音は廊下に逃げ、背後の轟音を聞いた。
 樹音はあの轟音を、美国の笑顔を思い出しながら言う。
「一瞬何か見えたことはあったけど、ほとんどなーんも見えなかった」
「うん」
「なーんも見えなかった。見えたら、香菜ちゃんは怪我をしなかったかなぁ」
「そっち? 大山の家のこととかじゃなくて?」
「うん。おれが見えたくらいで問題が解決するなら、祟りにでもなんでもならなくない?」
 見えたのなら。
 樹音にも大山美国の持っている影が見えていたのなら、変わっていたのだろうか。
 彼女は選んだ、あの世界を終わらせることを。親類みなを道連れに、あの世界を閉じることを。
 炎に浄化できないものはないという。
 ようやく、自由になれたのか。
 そこまで考えて、樹音は大きくため息をついた。
「修行でもするかな~。おれがちゃーんと拝み屋になれたらさ、香菜ちゃんとふたりで万能じゃない?」
「何言ってんの。それこそ、いつか樹音くんが死んじゃうよ。自分が痛みが分かんないって、すぐ忘れるんだから」
「いい案だと思ったんだけどなぁ」
「樹音くんには、樹音くんの人生があるんだから」
 香菜子はあの日、あの家で何を見たのだろう。
 自分と香菜子は同じところに立っていても見えるものが違う。背の高さも違うし、それだけではない。
 香菜子の痛みを、樹音は知ることができない。
 何度でも何度でも、人に手を差し伸べる。その霊的な存在を見て、苦しむ相手を放置できない。
 香菜子は優しい。
「おれが好きでしてんのよ、香菜ちゃんの心配は」
「そんなに子供に見える?」
「見えるね~。かわいい妹ですから」
 樹音の前では、香菜子はまだ、うずくまって泣いていた子供だ。
 樹音には見えない何かにおびえて泣いていた子供。
 その背をなでると、その頭を抱きしめると、おびえて縋り付いてきた幼い妹。
「──……ありがとう、樹音くん」
 見えたのなら。
 きっと、結末は。
 ──きっと結末は、

 大山家の全焼は全国ニュースになるほどだったようだ。
 ただ、宴会で集まっていた親戚全員が行方不明のままで、ネットでは『現代の神隠し』と面白おかしく、しばらくもてはやされたが、それもやがて──消えた。


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