血道 断片②
「いやぁああああああああああああああああああああああああ」
物々しい悲鳴だった。
まだ幼い伝兵衛は、そばで針仕事をしたまま寝ぼけていたお里と一緒に跳ね起きた。
悲鳴。
何の声だろう。屋敷の中が騒がしい、伝兵衛は薄暗い廊下に顔を出した。
女中たちも家族たちも、屋敷の奥に走っていく。
「どうしたんだろう(なんだべ)、こんなに大騒ぎして(みっだぐねさわぎだわ)」
「いやあああああああああ!」
「おしず姉さんかな?(しず姉げ?)」
いつつの伝兵衛は寝巻のまま、目元をこすりながら人だかりの方へ歩いて行った。
何の匂いだろう。嗅いだことのない、錆びたような、鉄の臭いがする。
「お夏を早く連れて行け! (お夏ば、はよ、つれでげ!)」
父親の怒鳴る声がする。
お女中たちが真っ青になりながら、わらわらと走っていく。
「どうしたの? (なじょしただ?)」
子どもの小さな声は、届かないようだ。
伝兵衛はするすると人垣を越えて、そこ──歳の離れた長女である静の部屋に向かった。叫び声は、次女の夏だったようだ。
普段は、活発な静の声が大きいので、まさかこんな風に夏が叫ぶとは思っていなかった。
伝兵衛が静の部屋を覗いた。
鉄の匂いが、ぐっと濃くなる。
「うがあああああ、うぎいいいいい」
獣の声がする。
部屋の中は、酷い惨状だ。布団は斜めにずれ、血しぶきが飛んでいる。倒れている行灯から布団に燃え移っている。
その真ん中に、赤黒い着物の男がいた。
静の部屋だというのに、夏が叫んでいる。長い髪を振り乱して、叫んでいた。
女中たちに夏が引きずり出されていく。
布団の上で、母親が『なにか』に折り重なるように体を倒し、わんわんと泣いていた。
『なにか』。
青白い棒のような手足を投げ出して、真っ赤なザクロが口を開いている。爆ぜた果物がそこに転がっていた。
そのすぐそばに、静の首が落ちていた。
伝兵衛は寝ぼけた目のまま、静の首にある真っ黒い洞を見ていた。それが、潰された目だと気づいたのは、しばらくしてからだ。
「この女が悪いんだ……この女が……嫁にいくから、今日から寝られないって……俺を捨てたんだ……(こんめろがわりぃんだ……こんめろが……嫁御さ行ぐから、もうおめとは寝っちゃぐね、寝らんにって……わば捨てよった……)」
ぼろりとまろびでた乳房だけは、白く柔らかですべすべとした、その肌を晒していた。
遠くから夏の叫び声がする。
『なにか』が何かをきちんと理解した瞬間、伝兵衛は絶叫するでもなく、失禁するでもなく、ただ静かに失神した。
