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血道 断片①

「この家さ縁のある者で、ひとりで死んだ者はおらねが」
 業者様は低く、ひび割れたような声で言った。
 あんまり訛りがきついもので、はじめは何を言われたのか、理解するまで骨が折れた。
 突然門を叩いた行者様は、囲炉裏の周りに腰かけたオレたちを見て、凍えた息を吐いた。
 綿入れを着たオレたちとは違い、えらい薄着の行者様は生きながら死んだような、本当に奇妙な人だった。
「石女で、肺をやられて、庭の小屋で死んだ女」
 いる。
 オレは家のなかで一等こどもだったから、ぴょこんと跳ねてしまった。
 いる、なんで知ってるんだが。叫びそうだったくらいだ。
 おとっつぁま(お父さん)とおかっつぁま(お母さん)を見ても、ふたりはまんじりと黙って、何も言わない。オレは、おかっつぁま(お母さん)の袖を引っ張った。
「おソメおばだべ、行者様がいってんの。おソメおばだ」
「アンタは余計なごと言うんでねえの」
 おかっつぁま(お母さん)はオレの手をひっぱたいて、小さく言った。
 でも、行者様はしっかり聞いていたみたいで、こっちを見た。
 ──ああ、この行者様は、めくらだ。
 オレは濁った行者様の瞳を見て、驚いてしまった。
「その娘っ子が、墓場でぼうっと立ってるのを見だんだ。弔いがねえがら、どこさもいげねがったみでえだ」
「大山の家を出た奴だ、相手の家の問題だ」
 婆様(ばさま)が吐き捨てた。
 おソメおばは、婆様の妹だ。村の三郎の家に嫁に行って、何年か前に死んだ。死んだと聞いて見舞った時には、おソメおばは木乃伊みたいに痩せて、一重の襟も擦り切れていた。
 おソメおばが家にいた時に、織った着物だ。着た切り雀で、それしか持っていなかったのだろう。
 あんまりだった。
 オレに「これからは女だって、字が読めた方がいい」と教えてくれたのは、おソメおばだった。
 綺麗でかしこくて、素敵な人だったのに、みったぐねえ(みっともない)ごみみてえにして捨てられっちゃ。嫁に行ったのに、家の墓さも入れてもらえねがった。
 行者様はオレをじっと見て──本当にはみえていないんだろうけれども──、ほーほーと笛のような音を出した。
「嫁いだ先の墓の、敷石のひとつの下に埋められてる。ちゃんと、ちゃんと供養してやってけれ」
「どうして我が家(わげ)だってわかったの?」
「墓から、真っ直ぐここに連れてきたんだ、その娘っ子が」

 しばらくして、婆様はオレを連れて、墓場に行った。畑仕事のついでといった風にかごをかついだまま。
 そして、おソメおばの婚家の墓にゆき、墓を囲う敷石をひとつひとつひっくり返した。
 その中のひとつの石がごろんと転がったとき、オレは思わず腰を抜かした。
 おソメおばはそこにいた。
 木乃伊みたいに干からびたまま、地面に埋められていた。落ち窪んだ目、土色の肌。
 もう何年も前に土饅頭になったはずなのに。
 土に還れず、家にも帰れず、待っていたのか。
 婆様はおソメおばの頭に、そおっと手を伸ばした。ぼろりと、まだ残っていた髪が落ちる。
「すまねえ、すまねえ……おソメ」
 干からびたおソメおばの顔に、婆様の涙が降り注ぐ。
「おソメ……おめえを■■に嫁がせたばっかりに……おめえは……おめえは逃げれっかも知れねえがったのに。おれのせいだ……おれの……」
 染み込みもせずに流れる涙は、まるでおソメおばが泣いているみたいに見えた。

 オレと婆様はこっそりとおソメおばの埋まっていた石を、近くで拾った丸石にかえた。そうすれば、すぐに分かるからだ。
 おソメおばがそのあと土に還ったのか、オレは知らない。
 向こうの家も、こっそり供えたものを捨てるほど、人でなしではなかったみてぇで、線香とお花と小さなお膳は、おソメおばを偲ぶ縁となった。
 墓を暴いたのは、それが最初で最後で、あの行者様も、二度と我が家(わげ)に来ることはなかった。


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