血道 第一部 ある恋の顛末④
令和四年四月十四日 新苗のアパート
彼がいなくなった三月からひと月ほど経ち、季節は大山光里と出会ってから二度目の春を迎えていた。
お姉さんから「家に行ってもいいか」と連絡が来た時、わたしは緊張しながらも「大丈夫です」と伝えた。
急いで部屋の掃除をし、お姉さんがきてもいいように準備をする。
ひとり暮らしはしているものの、実家から持ってきた荷物が多いこの家は、どこか幼さがぬぐい切れない。ベッドの上に並んだぬいぐるみを隠す場所もないし、取り繕おうにも、家具とファブリックのちぐはぐさは、すぐに統一できるものではない。光里の部屋のような洗練とは程遠い。
この部屋に、彼によく似たお姉さんを招くことは、なんだか場違いなような気がして、不思議な感覚に陥る。
アイスティーの用意をしていた時に、スマートフォンが高らかに鳴りはじめた。電話だ。
「もうついたのかな?」
そう思って何気なくスマートフォンを手にして、凍り付いた。
大山 光里
液晶に表示されたその名前。
間違えるはずがない、彼の名前だ。しばらく繋がることのなかった連絡。
わたしは急いで画面をタップして、電話に出た。
「大山くん!?」
『中野さん?』
「大丈夫なの? みんな、心配してるよ」
『……うん、大丈夫』
声が沈んでいる。
「どこにいるの?」
『親戚の家にいるよ』
「お姉さんも、探してたよ。居場所、誰にも言わなかったの?』
『姉さん……?』
「うん、お姉さん。大山くんを探しに大学まで来たんだよ」
『ちょっと待って、中野さん、何言ってるの?』
彼の声が、ひきつる。
わたしは首を傾げた。
「大山くんと連絡がつかないって、わざわざ大学に訪ねてきてたよ」
『誰が……?』
「お姉さんが」
『……■■■わけが■■』
ザザザと、妙な雑音が入り、彼の声が遠くなる。
「大山くん?」
『中野さん、それは■■■■……だって』
声が遠い、酷く。
画面を見ても、電波は悪くはない。
なのに、どうしてこんなに聞き取りにくいのだろう。
──ピンポーン。
明るいチャイムが来客を告げる。
「あ、お姉さん、来たみたい」
『え?』
「お姉さん、心配してて、今日もこっちに来てくれてるよ」
インターフォンのモニターに、にこやかに微笑みながらカメラを見るお姉さんが映っていた。
お姉さんもきっと喜ぶ。大山光里を探して、わざわざ地元から、こっちまで何度も上京していたのだから。
早く知らせてあげなくちゃ。
『開けちゃダメだ!』
空気を震わせるほど、大きな声で、大山光里が叫んだ。
「え?」
「中野さん? こんにちは。大山です」
声が、耳のそばでした。お姉さんの声がはっきりとクリアに聞こえる。
『開けちゃダメだ、中野さん』
「中野さん?」
ふたりの声が、輪唱のようにわたしの周囲をぐるぐるめぐる。よく似た響き、同じような声。きょうだいだ……このふたりは、同じ血を分けた、きょうだいだ……
ガタガタと不思議な音がする。ああ、自分の奥歯がガチガチと大きな音を立てているのだ、とどこか冷静な部分がささやいた。
『姉さんは、今──』
「どうして開けてくれないの?」
目の前に。
わたしの目の前に、黒いワンピースを着たお姉さんが立っていた。
ごとり、とスマートフォンが手から滑り落ちた。
狭いワンルームのキッチンの前、片腕を伸ばしてやっとくらいの廊下に、いる。
にっこりと笑って、わたしを見ている。
「入っていいって、言ったじゃない」
「ひっ……」
お姉さんは笑っている。
──姉さんは今、入院している。
お姉さんは、笑って い
わたしに触れたお姉さんの指は、かさかさに乾いていて、そして、氷のように冷たかった。
