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【切迫早産・NICUの記録 #20】長男は、いつ兄になったのか ― はじめて「かわいい」と言った日 ―

昨年に双子の女の子が生まれ、長男と妻をを合わせて5人家族となりました。この記事は、双子の超早産とNICU入院についての父親の記録です。

当時、何が起きていて、何を考えていたのか。
感情が追いついていなかったことも含めて、できるだけそのまま書き残しています。

この出来事全体の経緯や、この記録を書こうと思った理由については、最初にまとめた固定記事に書いています。
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今回は、長男が兄になる話。



長男が「お兄ちゃん」になったのは、いつだったんだろう。

そう聞かれると、少し考えてしまう。

妊娠がわかったとき、長男はとても嬉しそうだった。

「弟が生まれたら、一緒に温泉に入りたい」
そんなことを話していた。

実際には双子の女の子。
妹だと知ったときは、少しだけ残念そうにしていたけれど、それでも楽しみにしている様子だった。

というのも、保育園の先生に、自分からその話をしていたからだ。



けれど、出産までの道のりは、想像していたものとは大きく違った。

切迫早産で、妻は緊急入院。

その日を境に、長男は母親に会えなくなった。
面会には年齢制限があり、会うことができなかったからだ。

長男はときどき、ぽつりとこう言った。
「朝に会ったのが最後だったねぇ」

赤ちゃんが生まれることよりも、
お母さんに会えないことの方が、ずっと大きな出来事だったのかもしれない。



やがて双子は生まれ、NICUに入院した。

写真を見せることはできた。
けれど、そこに写っているのは病院の風景と、小さな体にたくさんのチューブがついた赤ちゃん。

長男にとっては、まだ「実在している妹」ではなかったのだと思う。

タブレット越しに面会することもできた。
画面の中で動く姿を見ることはできたけれど、どこか現実味がなかった。



妻が退院してからは、夫婦で面会に通うようになった。

そのことを長男が知ると、少し不安定になることがあった。

ママとパパが、どこかへ行ってしまう。
自分が置いていかれるような感覚があったのかもしれない。

これまでずっと、親を独り占めしてきたのだから、無理もない。



平日に面会に行くことは、できるだけ気づかれないようにした。

土日やお盆は、長男も一緒に病院へ行く。
妻が面会しているあいだ、私は長男と病院の周りで遊んだ。

ときには保育園を休ませて、意識的に一緒に過ごす時間を増やした。

育休を取ってよかったと感じたのは、こういう瞬間だ。

そうした時間を重ねるうちに、長男の中でも少しずつ変化があった。

「妹たちの顔、見てみたい」
そんな言葉が出てくるようになった。



退院の日。

長男は、初めて双子と“本当に”対面した。

双子は、妹の方が1週間ほど先に退院した。

妹に会うときも、姉に会うときも、長男はいつもよりそわそわしていた。

うれしさと、少しの緊張が混ざっているようだった。

そして、双子を見た瞬間。

「かわいい」

それが、長男の第一声だった。

恐る恐る近づいて、
そっと頭を撫でる。
小さな手を握る。

「ちっちゃいね」
そう言いながら、顔をのぞき込んでいた。

抱っこもしてみたいと言った。

まだぎこちなくて、パパやママのサポートを受けながらだったけれど、
腕の中の妹たちを、大事そうに見つめていた。

自分にできる精一杯で、愛情を伝えているように見えた。

半年ものあいだ、
「いる」と聞かされていたけれど、実感のなかった存在。

その妹たちが、ようやく目の前に現れた瞬間だった。



その後、生活が始まると、長男にはいわゆる赤ちゃん返りもあった。

きっと、また不安になったのだと思う。
パパとママが、双子に取られてしまうのではないかと。

それでも。
どんなときも、長男は双子のことを「かわいい」と言っていた。



長男がいつ兄になったのか。

そう聞かれたら、きっとこう答える。

退院して、初めて会ったあの日。

双子のことを「かわいい妹」だと感じた、その瞬間だったと思う。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。この話でNICUへの入院は区切りになります。

今後も、長男と双子の娘の育児について投稿していこうと思います。また覗きにきてくれると、嬉しいです!

この記録全体の背景については、固定記事にまとめています。
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