お母さんの胸から、温かい音がした。
🎬️
昨日の夜、お母さんと二人で映画を観た。
どちらかの気持ちが落ち込んだタイミングで
開かれるこのムービーナイト。
リビンクにある小さなソファで
ひとつの毛布にふたりでくるまり
ポップコーン代わりの甘酒をお供に、
身体を寄せ合い
映画を観る。
雰囲気作りに重きを置くのが
私達のムービーナイト。
家の全ての電気を消し終わらない限り
映画が始まることはない。
🎥
一週間に一度のペースでやってくる
この母娘二人だけのご褒美タイム。
映画の世界に浸りながら
お互いの体温を感じられる
この2時間半という時間が
私の人生一番の楽しみ。
でもお母さんは
多分世界一
ムービーナイトを愛している。
「良い映画と出会えたあとの
生きることに活力が湧く感じが
最高なんだよ」と
幸せそうに言う姿を
もう何度見たかも分からない。
もちろん私も負けないくらい
ムービーナイトを愛している。
映画が終わるまで
お母さんの体温を独り占めできる
そんな特別な時間を
娘が愛さないわけがないでしょう。
🌙
お母さんにひとつだけ
秘密にしていることがある。
私は映画を観ること自体は
実はそんなに好きじゃない。
でも、お母さんのそばに
少しでも長くいたいから。
エンドロールが終わるまで
どんな映画でも最後まで見届ける。
だからきっと
私とお母さんでは
ムービーナイトを愛する理由が
少しだけ違うと思う。
⛈️
いつもはくっつくだけなのに
昨日のムービーナイトでは
なぜかお母さんの胸に
頭を預けながら映画を観ることになった。
特に理由があったわけではない。
外で嵐が吹き荒れていたから
なんとなく二人の距離が
近くなっただけだったのかもしれない。
お母さんと
「くっついている」というより
「抱き合っている」と言った方が近いような
不思議な体勢だった。
でも、それ以外は普段と何も変わらない
いつものムービーナイトだった。
さすがに高校生にもなって
親と抱き合いながら映画を観るのは
少し気恥ずかしかったけれど、
「でも、まぁ、今日嵐だし」と
恥ずかしがらなくていい理由を作って
気にしないようにした。
💓
いつもよりはるかに距離が近いから
お互いの存在を強く感じられる。
こんなことひさしぶりだったから
正直結構嬉しかった。
あまり体勢を変えたくはなかったけれど、
何十分も同じ体勢でいるのは
さすがに身体がしんどくて。
「頭の向きだけでも変えるか」と
少し顔を動かした。
そしたら、
映画の音声ではないほかの音。
「どくん どくん どくん どくん 。」
心にじんわりと広がる
優しさと温もり。
クラシック音楽を聴いている時のような
心が静かに満たされる感覚。
この世界から
少しだけ遠ざかっていくようだった。
🫀
もちろん、
心臓の鼓動だと
頭の中では分かっていた。
でも、心臓から鳴る音が
こんなにも美しいだなんて
思ってもいなかったから、
あまりの衝撃に
しばらく身体が固まった。
観ていた映画のことなんて
すっかり頭から消え去ってしまった。
🩺
心臓の音。
鼓動。
命の音。
そんな当たり前のものが
あんなにも美しいなんて知らなかった。
鼓動なんて、今までも学校の授業とかで
何度も聞いていたはずなのに。
美しさの衝撃を
こんなにも受けた記憶は
どこにも見当たらない。
やっぱり自分の母親の
心音だからなのだろうか。
それとも、もっと昔の記憶が
心のどこかに残っているのだろうか。
YouTubeで検索して
他人の心音を聞いてみても
何にも感じられないし。
眠るとき、枕に耳をくっつけて
自分の心音を聞いてみても
「睡眠の妨げになってうざったいな」
くらいにしか思うことができなかった。
心にじんわりと広がる優しさや
涙が出るような温かさ
言葉を失うほどの感動を
私に感じさせることができるのは
昨夜、映画を観ながら聞いた
母親の心音だけらしい。
🌕
心音で感動するという
17年間の人生で初めての体験。
あまりに温かくて優しい、
一生忘れたくないと思うような
本当に美しい音だった。
でもよく考えてみれば
その美しい音は
生きている限り、自分の心臓からも
常に聞こえている音。
そう考えただけで
すごく嬉しくなれた。
自分のことを好きになることが
あまりできないタイプだけれど
「私からもあの音が聞こえるんだ」って
そう思うだけで
少し自分を好きになれた。
☀️
お母さんの心臓の音。
それは太陽にも負けないほど
温かい音だった。
優しくて力強くて
愛に溢れる音だった。
来週のムービーナイトも少しだけ
嵐だったらいい。
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