数字と文字の奥にいる人を見つめる / 古澤椋子
「プリズム〜多彩な書き手が集まるnote〜」10月のお題は、「はじめての仕事、会社で得た学び」です。
現在、映画やドラマのコラムやインタビュー記事を書くことを生業としている私ですが、新卒で入社した会社は、出版業界ともエンタメ業界とも縁遠い水産業界でした。
水産業界に属する会社と言われて、何が思い浮かびますか? 漁業協同組合? 養殖業者? 漁具開発や飼料開発業者などでしょうか。そもそも、こういった業者も思い浮かばないという方もいるかもしれません。
私が勤めていたのは、全国の漁業データを収集し、国の研究機関に提供する社団法人です。なかでもイワシ・サバ・アジの担当者として、日本全国のまき網の漁場を把握し、漁獲量と漁獲された魚のサイズなどを解析していました。
とてもニッチな業界であり業務ですが、水産系の大学院で解析などにある程度取り組んでいた私は、業務内容に面を食らうことはありませんでした。「生物に関するデータの解析ってこういう感じよね」と、淡々と業務をこなしていました。
入社した年の4月から7月はデータ入力や簡単なレポーティングばかりで、大学院生の頃とやっていることがほとんど変わりません。グラフの作成も上司の手を借りずに取り組み、質問することはほとんどない。むしろ、資料整理の効率の悪さを指摘し、改善をおこなっていたほどです。「院生のときのほうが大変だったな」とさえ思っていました。
そんな舐め腐った新入社員が、仕事への取り組み方を変えるきっかけになったのは、8月に行われた漁業者向けの意見交換会でした。
毎年、イワシやサンマの漁期の直前となる夏に、根室・厚岸・釧路で意見交換会が行われます。この意見交換会には、実際に漁に出ている漁師はもちろん、漁業協同組合の職員、仲買人、氷や発泡スチロールの業者など、いわゆる“魚の獲れ具合によって生活が左右される人”が来場します。
そのような人たちを前に、私が説明するのはイワシの来遊時期と来遊サイズ。しかも、私が発表で使用するデータは、会場にいる漁業者や漁業協同組合の方々が日々の業務で集めたデータです。
皆さんが心血を注いで取り組んだ漁業で集めたデータを使って、いつイワシが道東沖に来遊するのか、どれくらいの大きさで来遊するのかなどを解析した内容を説明します。
たくさん来遊すれば、イワシの価格は下がります。逆に、少なければイワシの価格は上がりますが、売るイワシがないとトータルの売上は伸び悩んでしまいます。また大きなイワシは刺身などの生鮮として出荷され高値がつきますが、小さなイワシだと養殖餌用の魚粉の原料として出荷されて価格が低くなりがちです。
来遊量やサイズによってイワシの価格は左右され、イワシの価格によって漁業関係者の売上が変わってしまう……。私は、データを取ってくれた方々の前で、魚と共に生きる方の生活を予想する占い師のような存在になるわけです。
意見交換会では、活発に質疑応答が行われます。どうして来遊が遅れるのか、サイズが小さいのか、そもそも研究者の認識は正しいのか。自分たちの生活に密接に関わるのだから当たり前です。意見交換会に出席している人々の真剣な眼差し、活発な質疑応答の生き生きした声。「私が提供している情報はこの人たちの収入を左右するんだ」と自覚した瞬間でした。
このデータの奥に人の営みがある事実に、私は大きな衝撃を受けました。大学院生の頃はフィールド調査の内容、実施計画を自分で行い、データを採取していました。もっといえば、その研究題材を選んだのも私です。自分の好奇心を満たしているだけで、最初から最後まで”自分のため”でした。意見交換会を通してはじめて、誰かのために仕事として研究していることを実感したのです。
当時、私が日々の業務で目にしていたFAXで届くデータには、操業位置の緯度経度や漁獲量などの数字しか書いていません。でもその数字の裏側には、記載されている緯度経度まで船を進め、網を降ろし、イワシを漁獲している人がいるんだと、そのときはじめて現実のものとして理解したのです。大学院生のときの感覚で、自分のために機械的に解析を進めてはダメだ。この方たちに申し訳ないという気持ちでいっぱいになりました。
ライターになった現在、私はさまざまなメディアを通して文章を届けています。意見交換会のように、自分の書いた文章が誰かの目に触れる場面を実際に見ることは難しくなりました。それでも、文章を書くときには、意見交換会で数字の奥にいる多くの人を見たときの気持ちを忘れずに、読んでくれている人を意識するようにしています。きっと届いている人がいると。その人たちのために書いているんだと。
文章も数字も機械的に扱ってしまいがちですが、その奥には文章や数字を発した人、受け取った人がいる。意思を伝達するツールである文章や数字に宿る人の温度を感じながら丁寧に扱い、次に届ける意識を持つ大切さを、生き生きと議論を交わす漁業者たちの姿から学びました。
普段、私がメディアに寄稿しているのは、映画やドラマのコラム。私の視点で作品や俳優の魅力を届けています。映画やドラマには、制作に関わった多くの人がいます。その方たちに敬意を払い、丁寧に言葉にする。その作品を愛し、生きる活力をもらっている視聴者の思いにも寄り添う。
文章を通して出会う人々、喜ぶ人々の表情を想像しながら、これからも言葉を紡いでいきたいです。
文・古澤椋子
