昭和浪漫本歌取り講談『泥付きレタスと度胸の恩返し ―高取しづか著「子どもに英語を習わせる親が知っておきたいこと 大切なのは、“自分のことばで伝える力”」に本歌取りして―』
(張り扇:ポン、ポン、ポポン!)
え〜、東西東西(とうざいとうざい)。
本日読み上げまするは、世に言う「英語教育」のまことの姿。
先日、高取しづかセンセご本人から頂戴いたしました
『子どもに英語を習わせる親が知っておきたいこと 大切なのは、“自分のことばで伝える力”』

からアタクシが本歌取りしましたことをお話しさせていただこうと思います。
親御さま方は我が子に英語を習わせんと、「発音がどうの」「文法がどうの」「何歳から始めさせようか」と、手くだ・テクニックばかりに目を奪われますが……
ハッ、ちょっと待ちなせぇ!
(ポン!)
本当に大切なのは、そんな小手先のことではございません。
「自分の言葉で伝える力」――これに尽きるのでございます。
ここにひとつ、おかしな……いや、実に示唆に富んだお話がございます。
ある日本人が海外のお店でサンドイッチを買い求めた。
いざ食べようと覗き込めば、なんとレタスに泥がついている!
店員にサンドイッチを差し出し一言。
『え〜ぃ!泥がついているじゃ〜ねぃか〜!』
と、大見得を切った!
ここが日本なら「あぁ、申し訳ありません、すぐお取替えします!」と察してくれる。
ところが海外の店員、じっと見つめて…
「うん?こいつは何をいってやんでぃ?」
とばかりに訝しげに顔をみる。
こちとら大和魂を発揮し「負けちゃいいけねぃ!」
と、はっしと睨みつける!
そして…店員はやおら、やれやれと首を振りながらこうのたもうた!
『で?
手前さんは何がしたいんでい?
お金を返してほしいんかぃ?
それとも作り直してほしいんか?
それとも文句を言いに来ただけかぇ?
あたいにゃサッパリわからん!』
(注:本書ではこのような書き方ではござりませぬ。アタクシの脳内変換で書き換わっておりますが意味合いはおなじでござんす。)
(ポン!)
これがアメリカでございます!
あうんの呼吸、以心伝心、空気の読み合い……日本国内の安全圏では通用しても、一歩外へ出れば「何が言いたいのか分からぬ謎の言葉」!
「私はこうしてほしい」と言葉にしなけりゃ、世界じゃ何も始まらないのでございます!
「察してちゃんは日本限定!」
なんですな。
【第二席:核心「度胸と減点主義の呪縛」】
高取しづか氏の著書にございます「7つの力」!
(ポン!)
度胸力! 考える力! 聞く力! 応答力! 語彙力! 話す力! ことば以外の力!
ぎょうさん並びましたが、一番大事なのは「発音」でも「文法」でもない。
あたくしが勝手に思ったのですが、一番下にある土台……「自分はどう考えるか」という【考える力】、そして間違えてもいいから飛び込む【度胸力】が1番の肝だと思いやす。
日本人は英語を前にすると、途端に押し黙る。
それはなしてか?
日本の学校教育は小さい頃から
「間違えたらだめ、だめ〜🎵」
というげに恐ろしき減点主義だからでございます。
「完璧な正解」ばかり求めるから、「間違えたら恥ずかしい」と度胸を失う。
だがアタクシから言わせてもらえば、間違えたって大声で堂々と伝えりゃあ、思いは届くものでございます!
え?
なんならおまえさんは堂々と英会話ができるかって?
いやはや…アタクシも純粋な日本人でしてな…トホホ…
(ポン!)
【第三席:「温かなアメリカの記憶」】
(声のトーンを落とし、しっとりと懐かしむ調子で)
ここで少々、アタクシの昔語りをよろしいかな?
ここからは本歌取り、つまり先生の本を種にアタクシが好き勝手広げた話でございますよ
人間こんだけ生きてりゃ〜いろんなことがある。
ちょうど小学4年生の夏、英語を習っていた、いや英語で遊んでもらっていた先生がいるんでさ。そりゃうちの母親グループはその先生からしっかりと英会話を教わっていたんですがね。アタクシら子供組は子供英会話ということで教えてもらっていた。
まあ、その英会話教室も会話を教えるというよりも遊んでくれるかんじでしたかな〜。幼児言葉のうんこだのおしっこだの足の指の間のゴミのはなしだのとんでもないことばかり教わっていた思い出がありやす。
で、その先生が一時帰国するってんでアタクシたちを含めた数家族でアメリカに行こうじゃないかということになった!
そんなこんなでアメリカさんへ向けて飛行機でぎゅーんと…。
当時は体が小さかったため(今は体が横に大きくなっておりますが)、飛行機でスチュワーデスさんからどうぞと渡された……
なんでぃ、えらくサービスがいいじゃねーか!なんて思ってたら…
幼児用のおもちゃ!
「俺は幼児じゃねぇやい!」と弟と顔を見合わせやしたょ。
そんなこんなの珍道中になりつつも、霧のサンフランシスコの超満員の路面電車に乗っておりやした。
母と離れ離れになったところへ、大きなアフリカ系の車掌さんがやってきて「運賃は?」。
英語も喋れず、金も持たず、弟とふたり冷や汗ダラダラ……。
車掌さんも…こいつらに言っても無駄だ…と言わんばかりに首を振って立ち去る…。
ほっと、吐息をつく二人。
(ポン!)
しかししかし、よき思い出もたくさんございます。
ホームステイ先のおじいちゃんと行ったアメリカのスーパー。
4リットルの巨大な牛乳ボトルに目を見張り、
一羽丸々の鶏肉の大きさに驚嘆し、
床にゴロゴロ転がる巨大な西瓜!をみては…何かの石かと思う二人…
いやはやアメリカというお国はすべてがスケールがでかい!と感嘆する二人を見て
大男の髭面のおじいちゃんが目を細めてニコニコと見つめる……。
(ポン!)
言葉は通じなくとも、「あなたと私は違う」という違いを抱えたまま微笑み合ったあの時間。
これこそが、掛け替えのない「異文化との遭遇(エンカウンター)」でございました。
【大詰:結び「親ができる本当のサポート」】
「みんなが習わせているから」と、同一性の圧力に押されて英語を買い与えるのが親の役目ではございません。
「あなたはどう思うの?」と日常で問いかけ、
我が子が「自分の考え(言葉)」を持つための対話の相手になること。
異文化という荒波の中で、人と自分との「違い」を認め、
堂々と「自分の言葉」で伝える度胸を育むことこそ、
親が子に贈る最高のプレゼントでございます。
これにて一席、読み終わりといたします!
(ポン、ポポン!)
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。活動費として使わせていただきます!