ホワイト研究室に配属されたのにブラック生活を送ることになった話【エッセイ】
大学院は理系で有機合成化学を専攻していた。わかりやすくいうと、薬の成分を作る研究だ。
他にも無機化学、化学工学などいろんな専門分野があったが有機合成化学は、反応機構という、化学物質を記号にした(高校で習ったかもしれないがH2Oとかそういうやつ)ものがどのようにして別の物質に変化するかを表す式がある。矢印で表す事が多いのだが、「なんだかかっこいい」という小さい子がパイロットを目指すような理由で有機合成化学にした。
私がいた学部には2つ有機合成研究室があり、一つは朝9時に出勤し22時に「帰ることが出来る」研究室だった。「帰ることが出来る」がミソで、みんなその権利を行使しないらしい。
理由は、「研究が楽しすぎる」「期限までに合成できないと、教授や先輩に詰められる」など様々だ。帰らない理由がいくらでも自動で生成されるので、帰る理由をつけるほうが難しいとのこと。
あと、普通に土曜日も研究室に行かないといけない。ただ「18時には帰れる」らしい。昔は土曜日も22時まで居ないといけなかったらしく、研究室紹介をしてくれた先輩曰く「大きくワークライフバランスが向上した」とのこと。幸せそうだった。
人ってどんなに辛いことでも慣れると聞くけど本当なんだなと思った。たぶんこの先輩たちはその気になれば水の中でも暮らせると思う。
もう一つが私が在籍していた研究室で、出勤は平日のみで10時〜17時のコアタイムだった。そもそも学生なのに「出勤」て言葉を使っちゃうし、コアタイムってなんなんだよって感じだが、上述の研究室がそんな感じなので、とてもホワイトに思えた。迷わずそちらに応募した。
そんな研究室の生活は予想外の方向に。「比較的ホワイト」とは言え、私が配属された部屋(研究室の中にもそれぞれチームが分かれており部屋が与えられる)には1人超研究をする人がいた。もう一つのブラック研究室の人達をしのぐ勢いで研究をしており、昼飯夜飯も全て実験デスクで済ませる人だった。
「飯食ってるより実験していたい。お金貰ってないけどこんなに面白いから貰わなくて当たり前。」と良く言ってた。一度も共感できなかった。
ちなみに、メガネかけててまじめな研究者のように想像するかもしれないが、身体は大きくてバスケサークルで幹事長だった。フィジカル的にも圧倒してくるタイプで、勝てない。
ホワイト研究室を選んだのにその超ストイック先輩になぜか飲み会の振る舞いで気に入られ、徹底的に指導されることに。
中華居酒屋で瓶一本飲み干したり、二次会のカラオケでマキシマムザホルモンを熱唱したりしていた姿に心を打たれたらしい。判断基準が古き良き感じだ。
短納期に追われながら、化学物質を作る毎日。
実験手順は論文に書かれてないものが多く自分で編み出さないといけない。今まで座学しかしてこなかったペーペー学生にはキツかった。
あと、デスクの後ろにドクロマークがついた引き出しがあり「なんですかこれ」と先輩に聞くと「素手で触れると〇ぬ瓶が入ってるよ」とサラッと説明された。危なすぎるし、当たり前のように言ってたのでそういうトラップがたくさんあるのだと思うと戦慄した。
結局、ホワイト研究室でセルフブラック生活を送ることとなり、当初の目論見であった「ほどほどに実験しつつ学生生活を楽しみ卒業する」プランは崩れ去り研究の日々を送ることに。
まあ、研究自体はそれなりに楽しく、狙った通りに化学物質が作れるときは脳汁ドバドバ出ていた。たぶん有機合成の研究者になる人はみんなこの快感から抜け出せないのだろうと思う。そうでないと、晴天の日にクラフトビールを片手にソーセージをつまみながら談笑する同世代の社会人を横目に、薄暗い研究室でフラスコに注射針で人体にとって毒な物質を注入し半日待つ、といったルーティンをこなすことが出来る理由が見つからない。
最後に学びを書いて締めたいと思う。
今思えば、研究室選びで一番重要だったのは「ホワイトかブラックか」ではなかった。一緒に過ごす人だった。環境よりも一番近くにいる人に左右される。
(幸い私は研究が嫌いではなかったので良かったが。)
就職、転職など環境を変える際は一番近くで働く人がどんな人かを見極めよう。
