【掌編小説】洗濯機にツマを奪われた夜(826文字)
「明日の予定、どうする?」
テレビの音を下げて話しかけた瞬間、彼女はピクリと耳を動かした。
「ちょっと待って、そろそろ終わるころだから」
そう言って立ち上がる。廊下の奥に消えると、すぐに声が響いてきた。
「えー、またエラー?昨日はできたのに、なんで今日はできないのよ」
「エラーになってるなら、アラームでも鳴らしなさいよ」
「フィルター掃除も槽洗浄もやってあげたばかりでしょ」
彼女は旧型の洗濯乾燥機に文句を言っている。その声は呆れているようで、どこか叱咤激励しているようにも聞こえた。
戻ってきたと思ったら、またすぐ立ち上がる。
「ごめん、またエラーが出ていないか見に行くから」
もう三往復目だった。
俺との会話より、洗濯機とのやりとりの方が多い。
あのゴウンゴウンとうなる機械と、まるで相棒みたいにやり合っている彼女の背中を見ていると、なんとも言えない気持ちになる。
文句なんて言えるはずがない。
俺のシャツだって、靴下だって、すべて彼女とあの機械のチームワークに任せきりなのだから。
でも……会話も、空気も、夜の時間までもが、あの洗濯機に持っていかれている。
「あのさ、そんなに調子が悪いなら……そろそろ買い替える?」
ふと口をついた提案に、彼女はピタリと動きを止めた。
その顔が、思った以上に真剣だった。
「……やだ。まだ使える。確かに言うこと聞かない時もあるけど、こっちも癖は把握してるし」
「いや、でも……」
「この子でやりきるって決めてるの。ここまで来たらもう、最後まで一緒にやりたい」
“この子”。
そんな呼び方されたこと、俺はあっただろうか。
彼女は再び廊下へ消えていく。背中越しに、洗濯機へ声をかける。
「さ、気合い入れていくよ。ちゃんと乾かさないと承知しないからね」
その声には、ちょっとした信頼と、少しの愛情と、たぶん俺には向けられない何かがあった。
ソファに一人残された俺は、回り続ける洗濯機の音を遠くに聞きながら、一人で見ても面白くも何ともないバラエティー番組を眺めていた。
(了)
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