【ショートショート】洗濯ネットリテラシー(860文字)
現代の暮らしにおいて、ネットリテラシーの重要性は、もはや言うまでもありません。
ただし本稿で取り上げる“ネット”は、いわゆるインターネットではなく、洗濯ネットである点にご留意ください。
洗濯ネットとは、本来、衣類を物理的ダメージから守るためのツールです。
レース、シルク、ワイヤー入りの下着など、繊細な素材に対し用いられるべきであり、適切な選別と使い分けが求められます。
これは言うなれば、デジタル社会における情報選別と同じです。
しかし、ある主婦の事例は、このネットリテラシーの持つ落とし穴を私たちに教えてくれます。
彼女は言いました。「だって、どの服も大事なんです」
最初はお気に入りのニットをネットに入れることから始まりました。
そのうち「お気に入りというほどじゃないけど、買ったばかりだから」
「これは安物だけど、ほつれたら困るし」
「ヘビーユースしているこのTシャツも大切な存在」
……気がつけば、すべての衣類が“大切“というラベリングのもとにネット行きとなっていたのです。
やがて彼女は、複数の衣類を同じネットに入れることに抵抗を感じはじめました。
「それぞれに、それぞれの繊細さがある」と。
その結果、彼女の洗濯機は、個別の洗濯ネットでぎっしりと埋め尽くされることになります。
当然、洗浄効率は落ちましたが、彼女の満足感は高まりました。
ついには、洗濯ネット自体が「毎回使ってるんだから、傷むかもしれない」と不安になり、お気に入りの洗濯ネットをさらに別の洗濯ネットに入れて洗うという、逆転現象すら発生しました。
“ネットをネットで守る”構造の誕生です。まるで、フェイクニュースを信じた人が、さらに信じたいニュースだけを集めて自分のネット環境を固めていくように。
情報を大切にすることと、何もかもを過保護に扱うことは違う。
取捨選択の判断を失えば、守るはずのものを、むしろ圧迫する結果になりかねません。
洗濯ネットリテラシーとは、単なる家事の知識ではなく、何を、どれだけ、どう守るのか……という現代人の『せんたく』に対する哲学でもあるのです。
(了)
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