【ショートショート】“回し”のサラブレッド(1262文字)
父さん。
あなたを訪ねるのは何十年ぶりでしょうか。
僕は今、あなたが入院している病院に向かっています。
母さんが回してくれたタクシーに乗って。
あなたはコマ回しや皿回しを得意とする大神楽の芸人。母さんは猿回し一座の出身。
その間に生まれた僕は、言ってみれば、「回し」のサラブレッドでしたね。
物心つく前の僕が、文字を覚えるより先にペン回しを覚えた時、父さんは、「俺に似て“回し”の天才だ!」と飛び回って喜んで、すぐに近所に触れ回ったと母さんから聞きました。
幼少期に両親と死に別れ、親戚をたらい回しにされたというあなたが、僕や母さんとの時間をいかに大切に思ってくれていたことか。
今となれば分かります。
でも、幼い僕は、そこまで頭が回らなかった。
僕を地方巡業に連れ回す父さん…。
舌が回らない僕のセリフ回しをダシに人気を取ろうとする父さん…。
ネタはいつも使い回しの父さん…。
チャンネルを回してもテレビに出て来ない父さん…。
思い回せば、僕は、“父さんは売れない芸人なんだ”と、心のどこかで恥ずかしく感じていました。
そんな気持ちが回り回って、中学生になってからは、ほとんど口を聞かなくなりましたね。
いくら小言を言われても宿題は後回し。
やがて、授業をかき回し、バイクを乗り回し、鉄パイプをぶん回し、他校の不良を「回し者!」と言って追い回す。
敵を引き摺り回し、引っ張り回して、最後は酒を回し飲み…。
ずいぶんあなたを振り回しましたね。
結局、高校へは行かず、家を飛び出し、それきり会うこともありませんでした。
「俺は、回り道でも違う道を行く!」
その思いだけを胸に、僕は、あなたとは全く畑違いのファッション業界に進み、予想を上回る成功を収めました。
でも、気づけば、僕が認められていたのは、古着の着回し力と、クライアントや関係者への根回し力でした。
やっぱり、僕は「回しのサラブレッド」だったのかも知れません。
母さんから聞きました。
僕がスタイリストを務めた雑誌の記事が出回ると、スクラップして近所の人と回し読みしていたって。
さすがにそれは恥ずかしいよ。
タクシーは、もうすぐあなたのいる病院に到着するようです。
しかし、母さんにはやられました。
「お父さんが緊急入院した!」なんて言われれば、当然、気を回して「すぐ行く!」って言ってしまう。
でも、よくよく聞けば、命にはまったく関係ない、打撲による捻挫。
あくまでも念の為の入院…。
母さんの遠回しな言い回しのせいで、僕は数十年ぶりに、あなたのもとへ向かっています。
さすが、元・猿回し。
猿を手懐けることに比べたら、息子の行動を取り回すことなんて、容易いことなんですね。
それにしても父さん。
もう、いい歳なんですから、“コマ回ししながら回し蹴り”なんて新ネタに、今さら挑戦しないでください。
病院に着きました。
ドアノブを回して、僕が病室に入ったら、あなたはどんな顔をするのでしょう。
きっと、照れ隠しに部屋を見回して、一言、こう言うでしょう。
「一体、どういう風の吹き回しだ」と。
(了)
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