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【エッセイ】あの頃のアメリカンドッグは、非日常の味がした(853文字)

アメリカンドッグを初めて口にしたのは、小学校低学年の頃。たしか近所のお祭りだった。
提灯の明かりが道を染めていた。夜の空気に油の匂いが混ざる。小銭だけが入った小さな財布を握りしめて、屋台の列に並ぶ。買い食いも、立ち食いも、普段は許されないはずなのに、その日ばかりは誰も何も言わなかった。

アメリカンドッグは、串に刺さったソーセージをホットケーキのような甘い衣で包んで揚げた軽食だ。売り場の脇の台の上には、赤いボトルのケチャップと黄色いボトルのカラシ。自分で好きな量をかけるという、その自由すら特別に思えた。ケチャップは少し乾いていて、大人ぶってカラシもひとすじ、ふたすじ……。あれはもう、非日常の体験だった。

ドライブイン、サービスエリア、夏祭り。アメリカンドッグが売られている場所自体が、そもそも日常ではなかった。だからこそ、出会えたときの嬉しさが胸に刻まれているのだと思う。

今でもたまに、無性に食べたくなる。長距離ドライブの途中で、あの懐かしい匂いを探してサービスエリアに車を滑り込ませる。でも、最近はなかなか見つからない。あっても、コンビニのホットスナックコーナーにひっそりと並ぶだけ。あの頃の熱気や空気をはらんだアメリカンドッグは、そこにはいない。

購入すると手渡されるのは、プラスチックの「ディスペンパック(パキッテ)」入りケチャップとカラシ。押すと「パキッ」と割れて中身が出る、あの合理的な小容器。便利だけど、どこか味気ない。
思わず、「この容器の普及が、アメリカンドッグを非日常から日常に引っ張り出してしまったのでは」と、八つ当たりじみたことまで考えてしまう。開発者の方々には、本当に申し訳ない。でも、あの容器の清潔さと正確さが、興醒めなものに感じるのも本音なのだ。

あのカリカリの衣に、少し乾いたケチャップ、大人ぶって多めに絞ったカラシ……。
あれは、確かに“あの場所”でしか味わえなかった。

あの頃のアメリカンドッグは、非日常の味がした。あの記憶は、軸についたカリカリのように、私の心から離れない。

(了)


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アメリカンドック

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