【掌編小説】ナスの行方(1015文字)
うちの母は、潔癖症でも凝り性でもない。けれど食べ物の扱いには、ひどく神経を使う人だった。
冷蔵すべきものは一刻でも早く冷蔵庫へ、野菜は新聞紙を巻いたりと、保存法に注意して傷まないようにする。家族に賞味期限切れの食品を食べさせることなど、決してなかった。
そんな母の感覚は、父方のおばさま達とは合わなかった。
あの人たちは「ちょっとぐらい期限が切れても大丈夫」「野菜は傷んだ部分を捨てればいい」と笑い飛ばすタイプだった。親戚の集まりで料理を作るとき、母はきっと「細かいことを気にする要領の悪い人」だと思われていたに違いない。
僕は、母の堅実さが大好きだった。
だから「一秒でも期限が過ぎたら食べない」という、あの親戚から見れば可愛くないタイプの子どもになった。親戚の集まりで大好物のエビフライが並んでいても、あの家にあった食材で、母ではない人が作ったかも知れない手料理だと思うと食べるのが怖かった。
そんな僕が小学校低学年だったある日のことだ。
帰り道、通学路沿いの畑で作業していた顔なじみのおじさんが、「これ、持ってけ」と奔放な形に育ったナスを薄汚れたビニール袋に詰めてくれた。
ありがたい話のはずなのに、僕は「迷惑だ」と思った。今日の夕飯はきっと決まっている。そこに大量のナスが現れれば、母の手間は増える。保存法に気を配り、お礼も考えねばならない。
幼い僕には、母が困る未来しか見えなかった。
何とか返そうと言い訳したが、「いいから」と押し切られ、「お礼も要らない」と言われた。
僕は本当にお礼はいいのかと確認してから、トボトボと歩き出した。
畑が見えなくなると、僕は意を決してビニール袋の底を少し裂いた。ポロリ、ポロリとナスを落としながら家路を急ぐ。袋が軽くなるのと反比例に、心は重く沈んでいった。
「母の負担を減らしたい」という思いと「おじさんの厚意を踏みにじっている」という罪悪感が交錯する。
最後に残った一本は、ぐるりと曲がった奇妙な形で穴を通らなかった。
僕は、「ごめんなさい」と心の中でつぶやき、袋をそっと手放した。落としたことに気づかぬふりをして。
家に着くと、母が台所から声をかけてきた。
その瞬間、涙がこぼれた。
母は驚いて心配してくれたが、本当のことは言えなかった。
結局、心配をかけるくらいなら、素直にナスを持ち帰るべきだったのかもしれない。けれど、あの行動は確かに、当時の僕なりの母への愛情表現だった。
苦くて、今も忘れられない思い出である。
(了)
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