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【第6回】リクルートは、なぜ人が育つのか——2万人を見てわかった一つの答え

「リクルート出身の人は、なぜあんなに活躍するんですか」

独立してから、経営者の方に何度も聞かれた質問です。たしかにリクルートは人材輩出企業と呼ばれ、卒業生が各方面で経営者や事業責任者になっています。

よくある答えは「採用が優秀だから」「カルチャーが熱いから」。どちらも間違いではありません。でも、中で人事の仕事をしていた私の答えは違います。

優秀な人が育つ仕掛けがあったのではありません。上司が変わる仕掛けがあったのです。

今日はその話を書きます。この連載で書いてきた「構造」の話の、私にとっての原点だからです。

発言できない、ということは、見ていないということ

私はリクルートで、人材開発委員会・考課会議のファシリテーターをしていました。

この会議は、全社では約1万人を対象に運営されていました。1万人規模の会社が、一人ひとりについて、次の育成計画——何を経験させるか、次の配置はどこか——を決めていくのです。まとめてではなく、一人ずつ。年に2回。加えて、評価を確定する考課会議が年に2回。私はそのうち約1,000名を直接担当し、この年4回の場で、全員分のレビューに関わりました。積み重ねると、のべ2万人になります。

この会議には、逃げ場がありません。

「この人の次の配置を、どう考えますか」と問われたとき、何も言えなければ、それは部下を見ていないことの表明になってしまう。日頃から仕事ぶりを把握していなければ、発言そのものができないのです。

だから管理職は、会議のために部下を見るようになります。育成熱心な人だけがやるのではありません。全員が、やらざるを得ない。仕組みが、管理職の目を強制的に開かせるのです。

「では、あなたは上司として、何をしたの?」

人材開発会議には、鉄板のやりとりがあります。あまりに毎回出るので、もはや笑いのネタになっているほどです。

ある上司が、こう言います。

「彼は、とても優秀です。自分で決めて、あの案件をやり切りました。本当に優秀なんです」

一見すると、部下を褒める素敵な上司に見えます。そこで私は、笑いながらこう聞きます。

「では、あなたは上司として、何をしたんですか?」

この質問には、三つの意味があります。

一つ目。**「あなたが、相当支援していませんか?」**ということ。もし上司が裏で手を回して支えていたのなら、それを「本人が自分でやった」ことにしてしまうと、本人が勘違いします。上司の支援もまた、正しく見つけて言葉にしなければいけません。

二つ目。**「本当に優秀なら、どんな上司のもとでも活躍できるのか。管理職になれるのか」**ということ。特定の上司の下でしか力を発揮できないなら、それはまだ、その人の実力とは言い切れません。

そして三つ目。これが、本当に恐ろしいところです。この会議には、その管理職の上司も同席しています。上位者は、部下の話を聞きながら、**「この管理職には、人を育てる力があるのか」**を見ているのです。

部下が活躍したとき、それが本人の能力なのか、上司の支援なのか。その差は微妙で、白黒はつきません。それでも、見ていくのです。

上司は、時に受け入れなければならない

この構造は、管理職に、ある覚悟を迫ります。自分より、部下の方が優秀だと認めることです。

私は、その発言を、数え切れないほど聞いてきました。

一つ、忘れられない話があります。

ある年、入社してきた新卒の新人がいました。私が見てきた中でも突き抜けた力を持つ、いわゆる異能型の人材です。私は、社内でも若手で飛び抜けて優秀だと評判のマネージャーと部長のところへ行き、「この部署で受け入れてもらえないか」とお願いしました。

しばらくして、その管理職たちと話す機会がありました。彼の様子を聞くと、こう返ってきました。

「凡人と天才には、明確に差があると気づかされました」

どういうことですか、と聞き返すと、二人はこう言いました。

「自分たちは、彼の側にはいけない。凄すぎるし、太刀打ちなんかできないです。配属してくれて、ありがとうございます

この二人自身、社内外で飛び抜けて活躍していた優秀な管理職です。その人たちが、自分より上の才能を前にして、悔しがるでもなく、潰すでもなく、「ありがとう」と言った。そして配属された彼は、その後、異例と言っていい活躍を見せています。

自分より優秀な部下を、脅威ではなく財産として受け取れるか。これは人格の問題のように見えて、実は構造の問題です。部下を育てたかどうかで自分が見られていると分かっていれば、優秀な部下は、自分の評価を脅かす存在ではなく、自分の成果そのものになるからです。

「骨の髄まで」とは、上から下まで、ということ

リクルートがすごいのは、管理職が人を見なければいけない仕組みがあり、それが骨の髄まで染み込んでいることです。

骨の髄まで、というのは、組織の上から下まで、すべてにという意味です。新人を持つ現場の管理職から、その上の部長、さらに上の役員まで、全員が同じ問いに晒されている。「あなたは、上司として何をしたのか」。この問いから逃げられる階層が、どこにも存在しません。

だから、人を見て、育てて、期待をかけることが、一部の善意ある上司の趣味ではなく、全員の標準業務になります。

「優秀な人が集まる会社」の内側は、こういう構造です。優秀な人を採ったから優秀な組織になったのではなく、上司が人を見ざるを得ない構造が、優秀だと言われる人を作り出しているのです。

そしてこの構造は、人材開発委員会や考課会議といった「場」があるからこそ機能します。場がなければ、この問いを投げる人も、答える必要も、生まれません。

育つ側から見ると、こう見える

上司が変わると、育つ側の環境も自動的に変わります。伸びていく人には、例外なく3つの条件が揃っていました。

目標が組織から分解されて渡されていること。自分の目標が会社のどこにつながるか見えているから、頑張りの方向がぶれません。期待が明確で、やり方は委ねられていること。期待に自分の判断で応え、結果を引き受ける経験が、判断力を育てます。そして、次の経験を誰かが計画していること。本人の希望を待つのではなく、会議体が「次はこの経験をさせる」と決めている。

この3つは、本人の努力でも上司の人柄でもなく、すべて会社側の設計です。そして、この設計を現場で動かしているのが、先ほどの「人を見ざるを得ない上司」なのです。

構造は、輸入ではなく「翻訳」する

独立して中小企業の現場に入ったとき、私が見たのは、この構造が丸ごと存在しない世界でした。

目標は社長の頭の中にあり、期待は言語化されず、育成を決める場はない。それでいて「人が育たない」「任せられない」「継ぐ人がいない」と悩んでいる。悩みの深さは大企業以上なのに、打ち手が「いい人の採用」と「研修」に偏っている。

ただし、大企業の制度をそのまま持ち込んでも失敗します。1,000人用の会議体を50人の会社に置けば、形骸化するだけです。必要なのは輸入ではなく翻訳——同じ機能を、会社のサイズに合わせて小さく設計し直すことです。

翻訳がうまく機能した例を、一つ書きます。

社員300名ほどのサービス業の会社で、目標を具体化する場でのことでした。私は上司たちに、必ずこう聞きます。

「その目標を部下が達成できたとき、あなたは、その人をどのように褒められますか?」

すると、面白いことが起きます。「これは……褒められない」「これなら心から褒められる」が、その場ではっきり分かれるのです。達成しても褒められないもの——それは目標ではなく、ただの作業です。

後日、この会議に参加していた部長から、こう言われました。

「あれだけ悩み抜いてつくった目標なので、部下がどうやったら達成できるか、いまどう進めているのか、真剣に見るようになりました。放っておくことなんて、できません」

お分かりでしょうか。これは、リクルートで起きていたことと、まったく同じです。会議が管理職に部下を見させたように、悩み抜いた目標が、上司に部下を見させる。**「部下を見ろ」と説教するのではなく、見ずにいられない構造をつくる。**規模が変わっても、効く原理は同じでした。

私が今、人事コンサルタントとしてやっている仕事は、突き詰めればこの翻訳です。そしてこの連載は、その設計図を公開していく場にしたいと思っています。

継ぐ人が育つ会社は、構造でできている。次回からは実務編です。

ただ、その前に、片づけておかなければならない誤解があります。「人が育たないなら、まず評価制度を見直そう」——ごく自然に見えるこの発想が、なぜうまくいかないのか、という話です。

この連載のまとめはこちら⇒https://note.com/kikaku_jinji/m/m01446f133c78

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