私のこれまでの経緯②
はじめまして、みなみです。
私は4年前にうつ病を発症しました。
今日まで色んなことがありましたが、これまでの経験を私と同じような症状で悩んでいる人に届けたいと思い、発信活動をはじめました。
これまでの私の経緯を簡単ですが、お伝えします。
前回の続きになります。
私のこれまでの経緯①はこちらです⬇️
社会人1.2年目
高校を卒業して1週間後、九州を離れ大阪で就職しました。
朝は早くから夜は遅くまで、拘束時間の長い仕事でした。
まだ10代なのに次の日に響くからと予定のない休みの日は出かけてもお昼くらいまでには帰り、早く寝る、仕事の日もご飯やお風呂が終われば日付けが変わる前には必ず寝る。
そんな生活でした。
うつ病になるまでの私は、仕事に対して向上心があり、責任感の強い人間でした。
だから、休憩中はほとんどの時間を、学ぶために時間を使い、2年目には自分が後輩に教えなきゃと、気を張っていました。
今だと、『パワハラ』に当たることもありました。
強く怒られたり、ビンタされ、ものを投げつけられたり、「ゴミ」と呼ばれたり。
ですが、当時の私は、自分が悪い、早く仕事を覚えなきゃと、バネにして自分を鼓舞していました。
そして、2年弱でその会社を退職しました。
社会人3.4年目
1度地元に帰り、リフレッシュした後に、また大阪に戻り、前職を辞める前から行きたいと言っていた会社に入社しました。
初日から3時間残業で、その後も3時間残業は当たり前、多い時は5時間、7時間残業が続き、月に80時間の残業になる事もありました。
入社から3ヶ月後には、夜勤が始まり、ほとんど夜勤専属になりました。
最初は、昼は人が多くてなかなか挑戦できないこともたくさんさせてもらえ、できることが増えるのがとても楽しく、人が少なくてやりやすかったのですが、食品の製造の仕事で、オペレーターとしてやっていくことが大変でした。
求められることが多く、それが嬉しくもあり、プレッシャーでもありました。
また、会社の部活があり、2年目にはキャプテンになりました。
新年会の企画を考えたり、練習日、練習試合の計画を立て、グラウンドを借りる。
新入社員の前で部活動紹介をする。
自分の苦手なことばかりで悩みが増えました。
他にも、1年目に住んでいた家が木造で、朝が早かったり、夜勤では朝方帰ったりと、私は気をつかって生活しているつもりでしたが、下の部屋に住んでいる男性は「朝からうるさい」「目が覚める」と言われました。
それからは、忍び足で歩くようになり、自分の家なのにすごく、気をつかいながら生活し、全然休まらず、また悩みが増えましたが、2年目に引越しをし、快適な家になりました。
ですが悩みは尽きず、会社で過呼吸になり、うつ病と診断される半年前に、意を決して精神科を受診しました。
苦しかったことや悩みを、泣きながら全て吐き出しました。
今まで、誰にも相談できなかったことを吐き出せたことですごくスッキリして、薬は1週間程飲み、その日から自分でも気持ち悪いくらいに元気になりました。
夜勤明けで起きれなかったことで、通院は数回程で終わりました。
うつ病と診断される1ヶ月程前に、短スパンで2回寝坊。
電話も気づかず、1~2時間単位で遅刻。
それまで、寝坊は前職と合わせて2回。
夜勤になってからは初めてでした。
自分で目覚ましも気づかず起きれないことがとても怖くなりました。
うつ病と診断される1週間程前、夜勤でバタバタ忙しい雰囲気に嫌になり、休憩のタイミングで家に帰り、家のシャッターを閉め、携帯の電源を切り、寝ました。
朝早くに目が覚め、恐る恐る電源をつけたら、夜勤のメンバーから電話やLINEがきていました。
その時ちょうど夜勤が終わったようで、先輩から電話とLINEがきました。
「このまま連絡がとれなかったら警察呼ぶよ」と言われ、しぶしぶオートロックを解除したら、先輩と班長が来てくれていて、その日は休み、次の日から出勤することに。
そして出勤し、作業していたが、班長に「こっち手伝え」と言われ、全然普通の言葉が弱っている自分にはグサッと刺さり、「あ、もうダメだ」となり、手に持っていたもの全てを置いて、走ってトイレに逃げ込み、泣きました。
先輩が来て声をかけてくれても出ることができず、2時間トイレにこもり、泣いていたそうです。
そして、その月の残りを全て有給を使って休み、次の月からの出勤に変えてもらいました。
新しい病院を受診したくても、なかなか予約取れず、最初に予約を取れた病院は、病院に着いてから前の病院の紹介状がないとダメだと追い返され、他の病院は1.2ヶ月先まで予約がいっぱいだと言われましたが、その後、電話でキャンセルが出たと連絡をくれた病院に行くことになりました。
病院に行くまでの約1週間は、ずっと枯れるほど涙を流し、トイレや、入れる日はお風呂、水分補給以外はベッドから起き上がれない状態でした。
固形物は何も食べれなく、感情もほとんどなかったです。
誰とも関わりたくなく、携帯の電源を2.3日切ったりもしていました。
そして、病院の日がきました。
長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌷
続きは以下のnote③からご覧ください🍀
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