"気を遣いすぎる私"になっていった過程
『家庭環境』
これが私が気を使うようになった1番の原因。
父と母の仲が悪く、9歳年上の兄はやんちゃ者。
私が小さいころから家では、毎日のように怒鳴り声が響き、ひどいときは物も飛び交っていた。
その度に11歳年上の姉が、
「大丈夫だよ」と私に寄り添ってくれていた。
そんな毎日の中、私が物心がついてから初めての父と母の大喧嘩が起きた。
当時小学1年生だった私。
口喧嘩のようなものは日常茶飯事だったが、そのときは違った。
父は長距離ドライバーの仕事で、帰ってくるのは週に1回程度。
母は毎日私を見送ってすぐに仕事をして、夕方帰ってきてからたくさんの種類のご飯を必ず食べさせてくれていた。
当時3人とも学生で、兄はやんちゃで何度も何度も学校に呼び出され、父が帰ってくるといつもの家事にプラスで父の分の洗濯を汗かいているからと2度回して、干して。
家族5人分の家事を全て1人でこなし、持ち帰った仕事を夜して、いつも寝るのは日付を回っていた。
朝も早く起き、お弁当、朝食を作ってくれる。
そんな母は、私が小学校低学年までは平日のみの仕事で、土日は疲れ果てて夕方まで寝ることが多かった。
そして、土曜日だったと思う。
夜、母が起きていつものように夜ご飯を食べて、ゆっくりしていたとき。
父がいきなりテレビにリモコンを投げつけた。
テレビの画面は割れ、破片は飛び散った。
そして大声で怒鳴り出した。
小さい私を放置して、夕方まで寝ていたことに怒っていた。
そこから言い合いが始まり、父が母を蹴ったり母も負けじと立ち向かったり。
そして泣きながら、「やめて」と言いながら、間に入る私。
そんな私を父は飛ばした。
未だに鮮明に覚えている。
それくらい私の中で怖かった。
その日から私の"気遣い"は始まった。
父が帰ってくるたびに、言い合いは続いた。
いつも父から、母の気に障るような言葉を発する。
例えば、
「まだ飯できてないのかよ。
飯買ってくればよかった。」
遊びに行くときに
「おい、金置いとけよ。」
など。
母の家事に対することも多かったから、私は「自分ですればいいのにな」と思って、2人になったときにそう伝えたりしていた。
それから私は、言い合いになりそうなときはすかさず、気が紛れるような言葉を発したりして、仲介役のようになった。
私が唯一のお父さんっ子だったためか、私には優しい父。
だから「私が間に入るしかない」と思っていた。
争いを見るのが辛いというのもある。
それでも、大喧嘩に発展することは多々あった。
小さいころは
"母がかわいそう"だと思っていたし、今でも思うことはあるけど、今は母も頑固でたまに父がかわいそうに見えることもある。
そして私は、2人のよくない部分を持ち合わせてるな、と感じることがある。
よくない部分は、反面教師にしてきたつもりだったのに。
変わることは難しい。
でも、よくないと思う部分は変わる努力をする。
気遣いは必要。
でも極度の気遣いは自分を苦しめることもある。
気を遣える私を褒めつつ、自分が苦しくならないためにも、必要最低限の気遣いで生きていきたい🍀
最後まで読んでいただき、ありがとうございました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
⬇️3つの精神科に通院して、私が感じたことを綴ってみたので、よければご覧ください(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
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