雨のあとにしか見えない景色
雨上がりの散歩が好きだ。
雲のすきまから漏れる、光の筋のひとつひとつが
誰かの足もとを、柔らかく照らしているかもしれない。
視界いっぱいの薄い灰色に、ぽっかりと現れる晴れ空を見ていると、
大きな箱の中から窓の外を眺めているような気がして、なんとも不思議な感覚にとらわれる。
紫陽花の、小さな花びらの上に残った雫。
水たまりに映る空。
その空の先には、どんな世界が広がっているんだろう。
少しだけ、自分を取り巻くものが軽くなったような。
そんな空気を纏った、雨上がりの散歩が好きだ。
人生は、天気色
雨がすぎたあと、見えるもの。
雨が降る前には、
気づかなかった景色がそこにある。
濡れた道に反射する灯りが、ぼんやりと揺らめいていること。
道端の花が、いつもより鮮やかに見えること。
葉っぱから雫がぽつりと落ちれば、鼓動のように広がっていく波紋。
雨が通り過ぎたあとだからこそ、
見つけられるものがたくさんある。
たぶん、人生も似ている。
苦しい時間が終わったからって、
すぐに楽にはならないし、すぐに幸せを受け取れるわけじゃない。
つらかったことが、
なかったことになるわけでもない。
雨上がりに差し込む光は、空気中の水滴たちに幾度となく屈折する。
そうしてようやく、わたしたちの上に虹がかかるのだ。
雨が降る。紫陽花が微笑む。
あの雨を歩いてきたからこそ、
誰かの優しさに気づけたり、
小さな幸せを大切にできたり、
前は見えなかった景色に出会えたりする。
雨の日は、
何も奪っていくだけじゃない。
そのあとにしか咲かない花を、
そっと残してくれることもある。
雨上がりの紫陽花は、
そんなことを知っているような顔で
今日もまた、わたしたちを穏やかに眺めている。
あとがき
今回は、Instagramにアップした
「雨と紫陽花、人生」にちなんだ、ふたつの投稿を深掘りしてみました。
このnoteを読んでくださった、
あなたの心の片隅に
そっと寄り添えるものになったらいいなと思います。
