結婚式なんて挙げなくてもいいと思ってた
結婚式なんて、挙げなくてもいいと思っていた。
自分たちのために、大切な人たちの休日やお金を使わせるのが申し訳なかった。人の結婚式に行くのは好きだ。でも自分が主役になるとなると、話は別だった。
花嫁はご飯も食べられないし、来賓ともゆっくり話せない。
私には、その魅力がよく分からなかった。
式場見学にも行ったけれど、決めることの多さに早々に疲れてしまった。
「ちゃんとした結婚式」をやろうとすればするほど、どんどん苦しくなる気がして、気づけば「やらない理由」ばかりが増えていった。
結局、私たちは結婚式を挙げない選択をした。
夫も両親も少し残念そうだったけれど、私の意思を尊重してくれた。
ただ、どこかでずっと引っかかっていた。
本当にこれでよかったのか。
私の選択で、夫や両親の「見たかった景色」を奪ってしまったのではないか。
申し訳なさだけが、静かに残っていた。
そんな気持ちが変わったのは、結婚3年目だった。
リゾート婚という選択肢を知った。
グアムなら海もきれいで、アクセスもよく、準備もシンプル。
そして何より、両家で一緒に旅行できる。
結婚式というより、家族旅行に近い。それなら、やってみてもいいかもしれないと思えた。
うちの両親は海外旅行の経験がなかった。新婚旅行も近場で済ませたと聞いていた。だったら、これは両親へのプレゼントにもなるのかもしれない。
「家族旅行の延長みたいな結婚式なら、私にもできるかも」
そう思えた瞬間、ようやく重い腰が上がった。
敏腕プランナーさんの力もあって準備はあれよあれよという間に進み、気づけば私たちはグアム行きの飛行機に乗っていた。
式の前日。
全員が海外旅行に浮かれる中、両家でステーキを囲んだ。
アメリカらしい分厚い肉を前に、少し緊張しながらも笑いが混じる。ナイフを入れるたびに、現実感が少しずつほどけていく。
義両親とも自然に話せるようになっていたし、実家と義実家の距離も、思っていたよりずっと近かった。気づけば、きょうだいたち同士も打ち解けていた。
その夜、ホテルの部屋では小さな宴会が開かれていたらしい。結婚式を前にした緊張感は、もうほとんど残っていなかった。
そして翌日、いよいよ結婚式が始まった。
ヴェールダウンは母にお願いした。
「幸せになってね」
その一言で、涙が出そうになった。
母は私のドレス選びのために新幹線で東京に来て、あれでもないこれでもないと何時間も付き合ってくれた。このヴェールも、その時に一緒に選んだものだった。
父とバージンロードを歩く。
ところが父は緊張していたのか、事前に聞いていた段取りとは違う動きをしている。
おや…?と思った。笑いそうになりながらも、真面目な顔をして歩き続けた。
そしてさらに厄介なことに、牧師さんが父にそっくりだった。グアムの現地の人なのに。
厳かな空気の中で、「お父さんが二人いる」と思ってしまい、笑いをこらえるのに必死だった。
後日渡された式のアルバムには、父を怪訝そうに見ている私の顔や、笑いをこらえられずニヤニヤしているところがしっかりと写っていた。とても花嫁の表情とは思えない。
チャペルでの式の後は、披露宴。といっても、家族だけなのでレストランで食事をするだけの簡素なものだ。そこで、両親への手紙を読んだ。前日の夜、泣きそうになりながら書いたものだった。これまでの感謝を、一生懸命言葉にした。
でも両親は、私の写真を撮るのに夢中で、ほとんど聞いていなかった。
林家ペーパー子かと思った。
せっかく真面目に書いたのに、自由すぎる。
「静かに!ちゃんと聞いて!」
花嫁の手紙で怒られる両親なんて、前代未聞だろう。
それでも両親はキャーキャー言いながらシャッターを押し続けていた。
式は想像していたものとは違っていたけれど、それでも、ちゃんと楽しかった。
家族だけにしたことで、皆とゆっくり話せた。
ご飯もしっかり食べられた。美味しすぎて食べ過ぎてしまい、コルセットをこっそり緩めてもらったくらいだ。
「花嫁は食べられない」という思い込みは、あっさり崩れた。
そして、結婚式が終わったあともちゃんと家族の時間は続いていた。
きょうだいたちとはパラセーリングやバナナボートで遊び回り、両家の距離は、気づけばすっかり近くなっていた。
母は謎のコミュニケーション能力を発揮して、どこからか捕まえたガイドさんと父とで島を一周していた。そして、どこで手に入れたのか分からないココナッツジュースとマンゴーを持って帰ってきた。想像以上にグアムを満喫していた。
今でも、両家のリビングにはあの日の写真が飾られている。
私たち夫婦を中心に、みんなが笑っている。
ただ一つだけ例外があって、当時3歳と1歳だった甥っ子と姪っ子だけが、なぜかカメラを睨みつけている。
それすら、今では両家の鉄板ネタになっている。
あの写真を見るたびに思う。
全くもってあれは、完璧な結婚式などではなかった。
父は緊張していたし、母は自由すぎたし、手紙は聞かれていなかったし、私はコルセットを緩めていた。
でも、とてもいい一日だった。
結婚式を挙げる前の私は、理想の式をちゃんと形にしようとしすぎていたのかもしれない。
でも実際の結婚式は、もっと雑で、もっと自由で、もっと家族そのものだった。
そして今なら分かる。
あの日一番大事だったのは、完璧な式ではなく、みんながそれぞれのままでそこにいたことだった。
あれは結婚式という名を借りた、最高の家族旅行だった。
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