誰にも弱音を吐けない日々のこと
管理職になって、
年収は上がりました。
責任も増えました。
でも、誰も教えてくれなかったことがあります。
弱音を吐く場所が、減る。
同期とは、少し距離ができた
以前は、仕事の愚痴を言い合えた。
「あの案件きついよね」
「上司つらいよね」
でも、立場が変わると、その言葉は使えなくなる。
今は、私が判断する側。
愚痴を言えば、
それは“評価”や“方針”になる。
何気ない一言が、
誰かのモチベーションを左右するかもしれない。
だから、飲み会でも少し言葉を選ぶ。
悪気はないのに、
距離が生まれていく。
部下には、全部は見せられない
部下の前では、
迷いすぎないようにしている。
本当は不安なときもある。
本当は、答えがわからないときもある。
でも、
「どう思いますか?」と聞かれたら、
何かしらの方向を示さなければならない。
それが仕事だとわかっている。
でも時々、思う。
私の不安は、どこに置けばいいんだろう。
強く見られるほど、言えなくなる
ありがたいことに、
「頼りになります」と言ってもらえることが増えた。
でもその言葉が、
少しだけ重く感じる日もある。
期待を裏切りたくない。
だから、
「大丈夫です」「問題ありません」
と答える回数が増えた。
本当は、
“ちょっと疲れました”と言いたい日もあるのに。
家に帰れば、母になる
家に帰れば、私は母です。
保育園に迎えに行くと、
双子が同時に話しかけてくる。
「ママ、聞いて」
「ママ、こっち見て」
その声に笑顔で応えながら、
頭の奥では、まだ昼間の会議が終わっていない。
あの判断は正しかったのか。
誰かを傷つけていないか。
子どもと目を合わせているのに、
心の一部が仕事に残ったままになる。
その瞬間に気づいてしまって、
少しだけ、胸が痛む。
「大丈夫」が先に出る
パートナーに「今日、どうだった?」と聞かれて、
反射的に「大丈夫」と答える。
そのあとで、
本当は何が大丈夫なのか分からなくなる。
弱音を吐けば、きっと聞いてくれる。
それは分かっている。
でも、これ以上誰かの荷物になりたくなくて、
言葉を飲み込む。
管理職になってから、
弱音は“選ぶもの”になった。
誰にも見せない顔
子どもが寝たあと、
静まり返ったリビングに一人で座る。
散らかった床。消し忘れた照明。
今日一日、ちゃんとやれたのか分からない。
仕事では、強く見せて。
家では、明るく振る舞って。
そのどちらでもない自分は、
どこに置けばいいんだろうと思う夜がある。
孤独は、消えない。
母であることも、
管理職であることも、
一人で背負う時間がある。
それでも明日、
子どもたちの前では笑うし、
職場では決める。
その繰り返しの中で、
少しずつ削れて、
それでも立っている。
それが、今の私の現実だ。
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