車を手放した日|50代手前で中免チャレンジ①
「バイクの免許とか、取ってみようかな」
そう言った瞬間、周りの時間が一瞬止まった。
数秒後、パートナーが言った。
「いいんじゃない?」
…採用である。
単純な私は、その一言で、
30年ぶりくらいに自動車学校の門をくぐる。
だが、この時はまだ知らなかった。
自分が、教習所で半泣きになりながら、
重たいバイクと格闘する未来が待っているなんて。
そもそも、なぜ突然バイクなのか。
理由は、意外と現実的だ。
車を手放したのである。
子どもがいる頃は、
毎週のように部活の送迎や塾へのお迎えがあった。
特に部活は、
朝早くから練習場や試合会場へ向かい、
(大体、遠いんだな、これがまた)
とっぷりと日が暮れた時間に、
後部座席で眠る子どもをバックミラーで眺めながら、
雨の日も風の日も、とにかく車を走らせていた。
子どもが家にいた頃は、車は生活必需品だった。
でも気づけば、その車も13年目。
子どもが家を出るタイミングで、
ちょうど車検の時期がやってきた。
「……これからも、同じように車を使うんだろうか」
ふと思い、維持費をざっくり計算してみる。
駐車場代。
税金。
保険。
車検。
計算するたび、
車というより“小さな家賃”みたいな数字が現れる。
もちろん、思い出は山ほどある。
でも、“家族のための車”としては、
もう十分役目を果たしてくれた気がした。
そうして私は、
13年乗った車を手放した。
……ここまでは、
割と落ち着いた大人の話である。
問題は、このあとだった。

「何か、新しいことをやってみたい」
今思えば、この時の自分は、
とてつもなく、夢中になれる何かを求めていた。
今なら少し分かる。
子どもが巣立ち、
ぽっかり空いた何かを埋めたかったのだろう。
習い事なら他にもあるのに。
ヨガでもいい。
英会話でもいい。
パン教室だってある。
なのに、なぜバイクにしたのだろう。
私は、
・オートマ限定
・運転はそんなに得意じゃない
・原付経験ゼロ
バイクとの相性が不安になる三拍子揃いだ。
それなのに勢いとは恐ろしいもので、
気づけば教習所へ申し込んでいた。
そして迎えた初日。
周りを見渡して、すぐに後悔した。
いるのは、子どもと同じくらいの若い人たち。
そして、
「昔から乗ってます」
みたいな空気をまとった、
ベテラン感あふれる男性陣。
しかも皆さん、
当然のようにマイヘルメット持参である。
一方の私は、
借り物のヘルメットとグローブ。
装備からして、
“体験入学感”がすごい。
受付後、教官に聞かれた。
教官:「車の免許は?」
わたし:「オートマ限定です」
教官:「原付経験は?」
わたし:「…ありません」
教官が、一瞬止まった。
その沈黙で、
ぼんやりした私でも何かを察する。
教官:「うん、わかった」
少し間が空く。
そして教官は、
かなり正直に言った。
「あなたは、かなり時間が掛かると思うけど、頑張れそう?」
……ものすごく正直。
でも不思議と、
嫌な感じはしなかった。
たぶん私は、
“初心者”ではなく、
“かなり手の掛かる初心者”
として認識されたのだと思う。
こうして私は、
50代手前にして、
中免チャレンジをスタートした。
なお、この時点で私は、
クラッチの仕組みをまったく理解していない。
先行きは、かなり怪しい。
