絵を仕事にする夢を叶えた話
こんにちは、アーティストのIORI KIKUCHIです。
「となりの雑談」というポッドキャストが大好きで、そこで桜林直子さんのことを知りました。彼女のnoteの中でも、特に「世界は『夢組』と『叶え組』でできている」が印象的でした。このnoteでいうところの私は『夢組』で、ずっと夢を持って生きてきたタイプです。そんな私だからこそ書ける、今に至るまでの経緯を記してみたくなりました。
夢を持った背景
1998年生まれの27歳(2025年7月現在)です。東京で生まれ、神奈川県の茅ヶ崎市、いわゆる湘南育ちです。(海を絵で描くのは好きですが、海自体は磯の香りが苦手です。笑)家族構成は、父・母・娘(私)で、一人っ子です。純日本人です。(出会う方々に身長が高いと言われるので、書いておきます:175cmくらいあります。壁画が描きやすい方です。笑)
3歳ぐらいから絵を描くのが好きだったらしく、いろんな習い事(水泳、ピアノ、バトン、習字、チアダンス)をさせてもらった中で、小学4年の頃には「絵で食べていきたい」と、心から思うようになりました。
きっかけは、2つあります。
① 小さい頃の、初恋の人と「夢を叶える人になろうね」って約束したという可愛い思い出。(当時は、「画家になる」が夢というより、「夢を持ち、それを叶える人になる」という曖昧な目標でした。)
② 小学生の頃、新しい友達を作る時、何かを作ってプレゼントすることで「すごい」って言ってもらって、そこから仲良くなることが多かった人生でした。中でも、絵がいちばん喜ばれました。「あ、これで人と繋がれるんだ」って思えて、それが嬉しくて。「もしかして、これが得意なのかもしれない。この嬉しいって気持ちをモチベーションに、仕事にできたら楽しいかも…?」と思うようになりました。
ただ自分のために絵を描く以外に、誰かのために描くことも、より好きになったのもここにルーツがあるのかもです。
夢の追い方 〜小中学校編〜
小学4年のとき、DSの絵画ソフトでクロード・モネの「印象・日の出」という作品を、初めて見て「なにこれ最高!!」と感動しました。色の重なりとか構図とか、心から他者の絵を「なんか好き」と思えたのが初めてで、「モネみたいに、誰かの心を動かす絵を描ける人になりたい。」と思い、モネが通っていたフランスの美大に行くのが目標になりました。(とても単純な思考回路。笑)
中学生活では、その目標に向かって
こんなことをしていました:
子ども向けじゃなくて、大人が通う絵画教室に参加
→ 本格的に技術を学びたくて、毎週おじさまおばさまに混じって描くことが、圧倒的に画力を上げてくれました。成績はオール5をキープ
→ 一般教養ぐらい完璧にしとかないと、見て吸収できるものも、語れるものも、アイデアの幅も広がらないと思い、絵以外の勉強もたくさんしました。勉強自体は好きなので、知識が増えることが楽しくて仕方なかったです。周りにガリ勉に思われようが、それどころじゃなかった。ってくらい勉強する時間が好きでした。勉強以外も、友達と遊ぶ時間も楽しかった中学生活でした。中3で英検準2級取得&フランス語も独学でスタート
→ 若いうちに言語力は伸ばしておこうと。(ただこの時期はテストはできても全然話せなかったです。)吹奏楽部に入部(部長やりました)
→小学校の頃、先生が「大人数で音楽をやることなんて学生以外でないから楽しんで」と授業中ぽろっと言っていたことが印象的で、ピアノを習っていたので吹奏楽部に入り、部長まで務めさせていただきました。担当はコントラバスとファゴットです。おかげで音楽はずっと好きです。今、音楽関係の仕事をすることがあることが、とても嬉しいです。
夢の追い方~高校編~
私が進学した高校は、神奈川県内でフランス語が学べて、自由な校風の単位制の学校を選びました。制服もなくて、大学みたいな雰囲気。生徒の自主性が重視される環境でした。
英語の授業がハードで、帰国子女ばかりのクラスに入ってしまい、初日からフル英語でパニックでした。最初は泣きながらどうにかクラスについていき、だんだん自分の言葉で話せるようになって、英語に対する壁が少しずつ崩れていきました。
高校時代には、とにかく「体験してナンボ」精神で動いていました。(修学旅行で、フランス・アンジェでホームステイをしたり、高校で友達になったシカゴの友人宅にホームステイ/日本での受け入れ、パリへ1人でアート短期留学など)
ですが、パリ留学中は17歳の時に、現地の大学の関係者に話を聞くと、進学したかった美大は入学条件が日本人にはとても厳しくて、高校在学中に合格レベルに届く自信がなく、一度夢が崩れました。
そこで、美術館めぐりをしました。17歳だったこともあり、ほぼ全美術館が無料で入れました。そんな中で「この人たちの作品、かっこいいな」と思った作家がニューヨークの大学出身で、「じゃあ、英語も頑張ってきたし、ニューヨークにしよう!」と即・方向転換。
親からの条件は、英検準1級を取ったら見込みがあるということで、その条件をクリアして、TOEFLとポートフォリオと成績を提出しニューヨークの美大に現役合格しました。進学先は、ニューヨーク近郊の州立大学 SUNY Purchase校。州立なので学費も比較的抑えられていて、Painting/Drawingコースに進みました。
夢の追い方〜NYの大学編〜
NYでの生活はすごく刺激的だったけど、奨学金がなかなか出ず、経済的にかなり厳しく…。学生ビザだと自由に仕事もできなかったため、1年で帰国し、合格を1年間保留にしていた東京にあるテンプル大学ジャパンに単位を持って編入しました。(NYの美大の体験記はまた後日投稿させてください。)
夢の追い方~テンプル大学ジャパン編~
麻布十番にあるテンプル大学ジャパン(現在は三茶になりました)では、そこは海外大と仕組みが同じなので、英語で絵と一般教養を学びました。そこで出会ったIan教授が、めちゃくちゃ頼れる存在でした。名刺の作り方、webの作り方、学生のうちにすべきこと、フリーランスで稼ぐ方法…なんでも教えてくれて、私のことをプロデュースしてくれるように応援してくれました。そのおかげで、学生のうちからInstagramを活用し始め、クライアントワークや、公募展で賞を取ったり、アーティストとしての実績を作り始めることができました。インターンもファインアート以外にも、デザイン会社やイベント会社で経験を積みました。
夢の追い方~大学卒業時~
アメリカの大学なので、学期の終わりが12月であったことから、2020年12月に卒業(卒業式は2021年6月)。卒業後すぐ、翌2021年1月からフリーランスとして開業届を出しました。
勇気を出せた理由は、卒業時にすでにクライアントワークの話がいくつかあったこと、オンラインショップでオーダー作品が売れていたこと、イラストの連載も始まっていたこと、などがあったからです。ちょうどコロナ禍でリモートワークが浸透していたこともあり、アートバブルもあったのか、仕事がリモートでもできるフリーランスの方が魅力に感じ、「今ならやれるかも」と思い始めてみました。
このようにして、フリーランスを始めて、以後は続けていく中で、さまざまなクライアントさんに出会い、壁画やイラストなどの携わりたかった媒体で自分の表現で生きている今は、小さい頃に夢に見た一つの画家像であり、こうして、なんとか「絵で食べていく」夢は叶えました。
夢は叶った、でもまだ途中
夢は叶えました。でも、まだまだ道の途中です。今後はクライアントワークと並行して、自分の作品をもっと作り、作品販売軸でもっと売れていきたいです。絵で稼げるようにはなったけど、やりたいこと、届けたい想い、描きたい世界…まだたくさんあります。続けた先でまた新しい自分に出会えることを信じて、私はこれからも描き続けます。
「夢組」として生きてきて
冒頭に戻りますが、私は「夢組」の人間です。それは「絵で食べていける人になる」でした。
湧き出る「これがやりたい!」というものがある
生活はできないかもしれないけどやってみたい
まさにこの言葉通り、パッション(情熱)とアクション(行動力)が直結みたいな感覚で、夢を叶えたいと生きてきました。頑固で、負けず嫌いで、プライド高い性格かもしれません。でも、夢を追いかけるには、それぐらいの気持ちも必要だったのかも。(mbtiは、(I/E)NT(J/P)なんですよね。NTは揺るがない。笑 基本は内向的な一人っ子なんですけど、ここぞというときの行動力は半端ないとよく言われます。)
夢を追い続ける環境について
締めの言葉の前に、夢を追いかけてこれたのは、運だけじゃなくて、ありがたい環境に支えられていたからだと思っています。その中でも特に大きかったと感じる二つのことを、書き留めておきます。
① (徹底的に/過剰に)夢を否定されなかったこと
→ 「絵で食べていきたい」と周りに打ち明けた時に、「いいじゃん〜」「がんば〜」と軽いテンション感で返してくれる人たちが多くて、過度な否定も期待もされなかったのが救いでした。周りが優しいと、自分にも他人にも優しくなれるからなのか、嫌なことや不憫なことがあっても、悔しい思いはしても「絵を辞めたい」とまでに心が持っていかれなかったことが、大きいです。悔しさより好きが勝つ環境でした。
② 冷静に応援してくれる人がいたこと
→ 親や近い友人ほど現実主義者が多く、「現実は甘くない」と指摘しつつも、最終的には応援してくれました。絵の世界は、厳しい世界であると指摘し続けてくれました。受験の時も「本当にもっと上の高校じゃなくていいの?」や、就活の時期も「本当に一回就職しないの?」など。それらを論破できるほどの自信とやりがいがあるかプレゼンさせてくれる機会をくれるので、だただ柔らかい空間で育つわけではなく、この人たちを喜ばせたい/安心させたいという責任感とかが同時に育ち、視野広く夢を終えたことです。こういう人たちが近くにいると、夢に向かう自分を客観視でき、落ち込んだ時も立ち上がりやすいことがとても良くて、今もずっとこの関係性です。夢みがちな私と冷静な周りにいる人、このバランスが私の人生にはとてもあっています。
最後に:夢を持つ/持ちそうな人or目標を設定した人へ伝えたいこと
ここまで読んでくれたあなたが、もし「絵で生きていきたい」と思っている人なら。「こんなやつもいたんだな」って、少しでも気が楽になったら嬉しいです。私は、特別な才能があったわけでも、特別勝負強いわけでもないけど、チャンスが来たら絶対離さず掴みとり続けてきました。(オードリー・」ヘプバーンの言葉のように。)
絵が好きって気持ちだけで、ここまできました。うまくいかない日も、描けない夜も、何度もあったけど、それでもやっぱり「絵を描いて生きていきたい」って思った気持ちだけは、私のリアルでした。
この文章が、今まさに悩んでいる誰かの、小さな灯りになれたら嬉しいです。あなたの「描きたい」も、ちゃんと届く日がきっと来ます。だから、無理せず、焦らず、でも自分の心の奥底の温かいところを信じて、続けていってください。どこの誰かわかりませんが、出会う前のあなたと、いつか一緒にお仕事できたり、絵の前で会えますように!
(星野源さんのHello Song 聴きながらここ読んでください。)
私の作品はwebやインスタグラムでチェックしてください。
web: kikuchiori.com
Instagram: @kikuchiori
いいなと思ったら応援しよう!
チップはとてもありがたいです!よろしければ応援お願い致します。いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!また、この投稿をシェアしていただいたり、ご感想をいただけるのもとても嬉しいです。