「人生を豊かにするために走る 川内優輝」(とプライドの高い子どもについて…)
個人的には昔、陸上の長距離をやっていたのでこのニュースに関心がありました。
2021年3月に川内優輝さんが世界記録を樹立されたのですが、
認定式で話されたことが、「伝説的な独演」と称されていたのです。

コチラの動画ではほんの一部分しか紹介されていないのですが、雑誌「ランナーズ」の2021年5月号には一部編集の上で話の内容がほぼ全公開されています。



個人的に話の内容で印象に残った部分はコチラ☟
地域の方々が「川内の話を聞いていたら、走ることって楽しそうだから、運動してみようかな」など思ってもらいたい
未来を担う日本の子供たちに「マラソンってオリンピックや世界選手権しかないと思っていたけど、それはあくまでも一つの目標であって、ボストン、ニューヨーク・シティ、東京、福岡国際、びわ湖毎日(など世界や日本にはさまざまな大会)もある」と思ってもらいたい
今後はマラソンキャラバンや競技での活動を通じて、マラソン競技は「ツラいばっかりじゃなくて楽しいんだよ」「メダルも素晴らしいけど、それ以上にに大切なものがあるんだよ」と伝えることによって、後に続く選手が出てきてくれたら、うれしいです。いつか「川内選手が楽しそうに走り続けていたから走りました。僕も川内選手のように日本代表になったり、世界の大会に出場した。そうした活動を次の世代に伝えていきます」と報告してくれるような、若い選手が出てくれることを願って、今日このギネス世界記録認定を機に、より一層、こうした活動に励んでいきたいと思っています。
(ランナーの)目標は、ナンバー1だけではないです。ある大会ではナンバー1の選手も、ほかの大会ではナンバー1ではないことはある。順位ではなくて自己記録の更新もある。・・・「最年長の2時間20分切り」「最年少の2時間20分切り」「スーツ姿でフルマラソンの記録を作る」「消防士の格好で記録を作る」「重い荷物を背負って記録を作る」など、マラソンという競技は取り組む人によっていろんな楽しみ方がるのではないか。何かを達成することが仮になかったとしても、健康のために走ることがあります。走りながら地域を見ている中で、「あ、こんな素晴らしい景色があったんだな」などの新しい発見につながります。
トップ選手の中には厳しい練習や減量生活などによって、走ることは嫌いだけど、仕事だからやむを得なく走っているという人もいます。それも一つの価値観だと思いますが、私個人の意見としては、決して良いと思っていません。確かに身を削るくらい努力することは大切ですが、それによって人生を豊かにできないのであれば、果たして何のために走っているのか、何のために走っているのか、メダルをとったから、じゃあ偉いのか、と。オリンピックや世界選手権でメダルをとった人がなぜ尊敬されるかというと、やはり人間的にも素晴らしいからです。積み重ねてきた努力もありますが、メダルをとったその先に、日本代表として相応しい振る舞いをしている。「母校や地域に貢献している、地域で自分自身の競技の楽しさを、そして強くなる方法を教えている」などの形です。応援していただいたから、いろいろな地域や場面で恩返しをするからこそ、価値がある。メダルをとったりオリンピックに出たから人生が変わるというわけではなくて、自分自身の人生を豊かにするためにスポーツをする。結果を残して、自分自身の人生を満足させる。そうしたものが、スポーツの根源的なものなのかな、と思っています。
しかし、結果的にこうして30歳を過ぎても自己ベストを更新している。これはやはり楽しんで走ってきたからだと思いますし、
実習先の子どもで、勝ち負けにこだわるプライドの高い子どもがいるので、川内優輝さんの話が気になったのかなと思ってます。
自分は小学校と中学校でサッカーをやっていたのですが、その時は結構勝ち負けを意識していたなと思います。
だけど、中学の時に駅伝のメンバーに選抜されて(中学に陸上部が無かったので、各部の足の速い奴が選ばれて駅伝チームを作っていた…)、自分との闘いに勝っていく面白さに気付いたことで、なんかガツガツした感じは無くなっていったなと思ってます。
というか、幼稚園の頃に勝ち負けとか考えたことなかったので、実習先でその子と接する度に、「こんな子もおるのか~」と思うのです。
「勝ち負けにこだわるプライドの高さ」関する態度の一例を挙げると、
・目的地に向かう道中において、ストップ地点まで競争をする(抜かされるのが嫌みたいで、酷い時には競争相手の前に体を入れて進路妨害をする)。追い抜く、追いつく、1位、2位などの執着が強め。(1回あったのは、「ねぇねぇ、俺って走るの速いか見て!」と言ってきて、その辺を1周走って、「俺、速かった?」と意見を求められた…笑)
・公園の遊具でメリーゴーランドがあった。子ども達が中に座れて、外で大人が柵を持って回すことが出来る、その場にいたのは、その子と他に2人の女の子、そして自分。自分が回す役だったので、「どのくらいのスピードがいい?」と子ども達に聞くと、その子は「普通」と答えて、他の女の子達が「速く」と答えた。その瞬間にその子は涙目になり、いじけるのである。
・朝の会でみんなで遊ぶ際に、その子は必ずと言っていいほど参加しない。不参加の理由としては、失敗が怖いと言いうか、他人よりもうまく出来ないということが怖くて、それならやらねえって感じじゃないかなって、個人的には予想してます。先生がどれだけ誘っても「やりたくない!」の一点張り。
・その子がある子どもと遊んでいて、木登りをする場面になった。ある子どもが木に登って飽きて、別の遊び場に移って行った。で、残っているその子は木を見ていた。自分はその場面を遠くから見ていて、「木登りに挑戦するってことは、その子にとっては大きな進歩だ」と思って、心の中で「頑張れ頑張れ!」と応援していた。で、その子はゆっくりと木の方に歩いて行ったので、「その調子!」と応援していたのだが、木に着くと20秒間くらいじっとしていて、急にフイッと木を背にして、さっき遊んでいた子どもの所へ行ってしまった。
・その子に対して何か指摘されると、その子は「俺には関係ない」の一点張り。「酸っぱい葡萄」みたいな感じで、何かとその問題に対して自己正当化を試みる。プライドの高さゆえに自分の弱いところを見たくないので、「関係ない」と言って一刀両断するが、それで問題が解決できるようになったわけではないのがツラいところ…
まぁ、個人的な思いとしては、「勝ち負けのプライドが邪魔して、挑戦を避けているという状況」はあんましよろしくないかなと思っています。朝の会で皆で遊ぶ時に毎回不参加っていうのが、もちろん無理矢理参加はさせませんけども、
「今日もか…」みたいな感じに思ってしまうのです。
一朝一夕で解決する問題じゃないし、そもそも今後の人生で変化が訪れるかもしれません。
で、なんで自分がこんなにその子に気を使っているのかと言えば、その子が結構自分に懐いているからです。その子とコミュニケーションを取る機会が多いので、何とかできんもんかなとあーだこーだ思索しているのです。
多分、その子が木に登ったら、自分は泣くと思います。「よく登ったな~!よく挑戦したな~!」って…笑
ちょっとピグマリオン使って、その子の挑戦を期待するような声掛けをしていきたいと思います。
期待してあげると、それが現実になる
人は期待された通りの結果を出そうとする傾向にあるのです。この心理法則を「ピグマリオン効果」と言います。
