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JW921 長者山にて

【東征激戦編】エピソード62 長者山にて


第十二代天皇、景行けいこう天皇てんのう御世みよ

西暦111年、皇紀こうき771年(景行天皇41)。

ここは、長者山ちょうじゃやま(今の茨城県水戸みと渡里町わたりちょう)。

仲国造なか・のくに・のみやつこの『壬生みぶあたい建借間たけかしま』(以下、カシマ)のやかた

地図(茨城県水戸市渡里町)

東征とうせいをつづける、日本武尊やまとたける・のみこと(以下、タケル)一行は「カシマ」から歓待かんたいを受けるのであった。 

東征参加者一覧表

カシマ「では、あらためまして・・・。仲国なか・のくにに、ようこそ!」 

タケル(30)「心からの『もてなし』・・・。いたる。」 

わかたけ「しかし、国中くんなか(今の奈良盆地)から、とおはなれたとは思えぬほど、見事みごと屋敷やしきにござりまするな。」 

カシマ「このやかたは、のちに、官衙かんがとなりまするゆえ・・・。」 

わかたけ「官衙かんが?」 

おしやん「役所のことだってばよ。」 

カシマ「左様さよう。このやかたは、奈良なら時代じだいに、官衙かんがとなり、二千年後は、台渡里だいわたり官衙かんが遺跡いせきぐんとなるのでござる。」 

地図(台渡里官衙遺跡群:長者山)

ナッカ「そんなことより、仲国なか・のくには大丈夫だったんすか?」 

カシマ「ともうしますると?」 

ナッカ「蝦夷えみし(東北地方の人々)が、国境くにざかいおかし、総国ふさ・のくに(今の千葉県)などでは、国々がみだれ、たがいにあらそい、蝦夷えみしの国まで出来上できあがる始末しまつっすよ? 仲国なか・のくににも、蝦夷えみしんできてるんじゃないんすか?」 

カシマ「おっしゃとおりにござる。されど、仲国なか・のくには、それがしもとに、豪族いさおしたちが集まり、これをはらっておりもうすゆえ、ごあんじなく・・・。」 

ナッカ「こんな最前線にながら、ぱらってるんすか?」 

カシマ「そうでなければ、国造くにのみやつこは、つとまりませぬからな・・・。」 

武日たけひなれ国造くにのみやつこにんじられた、崇神すじん天皇てんのうは、人を見る目が有ったんやろなぁ。」 

カシマ「崇神すじん大王おおきみ・・・。なつかしうござりまするな・・・。」 

武日たけひじゃがそうだな・・・。」 

おしやん「なに、思い出にひたってんだ?」 

わかたけ「われ高祖父こうそふたるかたか・・・。どのような御方おかただったのです?」 

おしやん「それは、また今度な・・・。」 

武日たけひ「ところで『カシマ』に聞きたいことが有るんやがだが・・・。」 

カシマ「なんでしょう?」 

武日たけひ「親父(『大伴おおとも豊日とよひ』のこと)から聞いたはなしによると、ここよりきたに、久自国くじ・のくにが有るそうやな?」 

カシマ「御意ぎょい。二千年後の地名で言うと、茨城県の常陸ひたち太田おおた大子だいごちょうあたりをしまする。」 

地図(久自国)

武日たけひ「そこに、多弖たてという御仁ごじんり、あしぎぬっているとか?」 

タケル(30)「あしぎぬもうせば、絹織物きぬおりもののことだな?」 

武日たけひじゃがそうです。エピソード329で、いろいろとかたられちょるじ。」 

カシマ「して、多弖たてというのは『長幡部ながはたべむらじ多弖たて殿どののことですかな?」 

タケル(30)「長幡ながはたとは、あしぎぬのこと・・・。きっと、その御仁ごじんであろう。」 

カシマ「して、多弖たて殿どのなにを知りたいのです?」 

武日たけひ多弖たては、国造くにのみやつこでもなんでもない、ただの絹織人きぬおりびとや。蝦夷えみしによって、ひどっちょるんかもしれん・・・と思ってな・・・。」 

カシマ「ごあんされまするな。そのようなはなしは『記紀きき』にも、伝承にも有りませぬゆえ・・・。それに、蝦夷えみしにとっても、あしぎぬは、のどから手が出るほどしいモノ・・・。粗略そりゃくあつかわれては、おりますまい。」 

タケル(30)「では、この目で、たしかめに行こうぞ。」 

カシマ「えっ?」 

タケル(30)「なれもうしたこと、信じていないわけではないぞ? ただ、伝承のにおいがするのだ。」 

カシマ「におい?」 

タケル(30)「みなもの! 久自国くじ・のくにに向かうぞ!」 

一同「おお!」×多数 

こうして、一行は、久自国くじ・のくに目指めざしたのであった。

つづく

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