JW996 靱部社
【東征帰還編】エピソード2 靱部社
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦111年、皇紀771年(景行天皇41)。
ここは「酒折の宮」(山梨県甲府市酒折)。






東征をつづける、日本武尊(以下、タケル)一行は、この地に留まっていた。
そんな、ある日の夜。
「甲斐の国造」の「甲斐の君の塩海」(以下、塩)と、「速彦の宿禰」の親子も加わる中、宴楽(宴会のこと)が催された。


そして、燭を灯す者(古事記では老人)が、「タケル」の歌に対し、見事な返しをしたのであった。
タケル(30)「『古事記』に従い、『東の国造』を任せようぞ。」
老人「そういうことなら、お受け致します。」
ナッカ「ところで、東国って、何処なんすか?」
タケル(30)「いろいろだ。」
ナッカ「へ?」
タケル(30)「この翁(お爺さんのこと)は、吾嬬国(今の関東地方)の様々な国造の祖となった、建許呂と申す男・・・という説が有るのだ。」
塩「天津彦根命の十二世、あるいは、十四世の子孫とされている御仁ですな?」
タケル(30)「その通りだ。」
速彦「ちなみに、天津彦根命は、天照大神と素戔嗚尊が、誓約した折に生まれた神でごいす。」
老人「では、はっきりとは分かりませぬが、これから、我のことを『コロ』と、お呼びくださりませ。」
タケル(30)「うむ。『コロ』よ。これからも頼むぞ。」
コロ「かしこまりもうした。」
タケル(30)「して、武日よ。」
武日「はっ。」
タケル(30)「汝には、靫部を授けようぞ。」
武日「え? 各地の国造の子弟によって編成された、ヤマト王権の軍事力で、宮廷の門の護衛に当たるなどの務めをおこなった、あの靫部を?」
タケル(30)「そうだ。」
コロ「ちなみに、靫部とは、矢を入れる道具である、歩靫を負う者・・・という意味で、兵士のことを指しますぞ。」

ナッカ「そして、彼らを率いたのが、大伴氏なんすよ。」
武日「じゃっどん、直に率いるのは、久米氏なんやろ?」
ナッカ「これからも、持ちつ持たれつの間柄っすね。」
八腹「よろしく御願い致しまする。」
武日「じゃが。」
タケル(30)「して、武日には、館も授けようぞ。」
武日「え?」
タケル(30)「そして、この地を治めるのだ。」
塩「し・・・しばし、お待ちくだされ。『甲斐の国造』の、我が居りまするが?」
速彦「我らだけでは、任せること能わぬと・・・そう、申されるんでごいすか?」
タケル(30)「そ・・・そうではない。これは、伝承なのだ。」
塩「伝承?」
速彦「そういうことでござんすか・・・。」
コロ「とにもかくにも、武日様の館は、のちに社となりましたぞ。」
八腹「邑人たちは、武日様に謝し奉り、館の跡に、社を築いて、靱部社としたのでござる。」
武日「名前が、長すぎるんやないか?」
コロ「そののち『弓削』と訛りましたぞ。」
武日「短くなりすぎっちゃ!」
八腹「これが、山梨県市川三郷町市川大門に鎮座する、弓削神社にござりまする。」






コロ「祭神は、武日様を初め、瓊瓊杵尊、木花開耶姫命、彦火火出見尊、そして、皇子ですぞ。」

タケル(30)「俺も、祀られているのか?」
コロ「御意。」
タケル(30)「して、『ダータケ』にも、館を授けようぞ。」
ダータケ「え?」
わかたけ「ん? なにゆえ『ダータケ』に?」
タケル(30)「伝承・・・だからだ。」
つづく
