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君は3,850円のパフェを食べたことがあるか?【銀座千疋屋 銀座本店】


 先に結論を言う。
 一年に一回、私は3,850円のパフェを食べている。

 最近は急に涼しくなって世間的には「秋が来た」と見做されているようだが、私の元には未だ秋は訪れていなかった。
 何故ならば、銀座千疋屋フルーツパーラーの「和栗パフェ」をまだ食べていないからである。
 この国で一番いい季節は秋だと思っているのだが、この数年は夏の暑さがようやく終わって涼しくなったと思ったらもう「寒い」のレベルまで気温が下がり、一気に冬へと雪崩れ込んでしまう。秋はその期間が短すぎて、最早あるんだか無いんだか分からない季節に成り果てている。
 このままではいけない、と私は有休を取り、銀座へ単身向かった。

 目指すは銀座千疋屋 銀座本店 フルーツパーラー。
 銀座千疋屋は、大正2年(1913年)に日本で初めてフルーツパーラーを開業した由緒ある老舗である。
 
 東京メトロ・銀座一丁目駅の5番出口を出て左、銀座レンガ通りをツーッと直進すると、よきところで千疋屋のある晴海通りにぶち当たる。
 一年に一回、このタイミングのときしか銀座に行かないので、往来をただ歩くだけでも緊張する。
 今の私の服装はTPOに合っているだろうか? なんてことを考え始めたら、銀座におけるTPOに合わせた最もふさわしい私の行動は「その場で爆散して雲散霧消する」が最適解となる。しかし爆散した状態では永遠に目的地に辿り着けない。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、「私は山から都会へと降り立ったモンスター……、私は山から都会へと降り立ったモンスター……」と自己暗示をかけることで、なんとか“銀座”からの無言の圧を乗り切り、この街を闊歩した。

銀座千疋屋 銀座本店

 フルーツパーラーの開店時刻は午前11時。
 他の街なら大体午前10時開店がスタンダードだと思うが、銀座は午前11時オープンの店が多い(気がする)。
 この一時間の余裕が、銀座という街に王者の風格を与えている(気がする)。

 銀座でしか生息できない希少種・銀座マダム達のあとに続いて入店。
 注文するブツはもうすでに決まっているのだが、苦み走った「銀座仕様フェイス」で一応メニューを念入りに検討し、ウェイターに「和栗パフェとホットコーヒー」とおごそかに告げる。

 まだかなまだかな~といそいそ待っていると、ドカンとやってきましたよ秋の味覚の王者が。

見よ、この美しさを

 和栗パフェ、3,850円。
 秋にしか食べられない限定メニューである。
 やよい軒だと「三元豚使用・ロースとバラの極みしょうが焼定食(バラ肉2倍増量ver.)」が3回食べられる値段だ。
 ちなみに去年は3,300円だった。
 やよい軒でいうところの「から揚げ(5個)」分の値上がりである。

 今のところやよい軒のコスパの良さしかお伝えできていないが、本題は和栗パフェである。
 秋のお姫様と形容したくなるような、端正な佇まいだ。
 てっぺんに新栗を一つ、その周りに四つを配置。それらを取り囲む純白のホイップクリーム。
 この和栗パフェに出会う前は、私にとって“栗”はどうでもいい存在だった。
「なんか食感がボソボソしてるし、甘味も少ないし、何より地味だし」そう思っていたし、実物も実際そうだった。
 しかしそれは、通常の栗に限った話である。
 フルーツ界のトップに君臨する銀座千疋屋が、栗への従来のイメージを我々に喚起させるような、凡庸な栗を取り扱うわけがないのであった。

 ところで話は変わるが、夭折した天才作家・梶井基次郎の代表作に「檸檬れもん」という短篇小説がある。
 ある日、ムシャクシャした気分の青年が京都の丸善書店をふらっと訪れる。
 彼は気まぐれの思いつきで、積み上げた本に一個の檸檬を置く。
 それを「爆弾」に見立てることで、想像の中で書店を木っ端微塵に吹っ飛ばし、スカッとした青年はほくそ笑む、という筋書きだ。
 作中において檸檬は「黄金色に輝く恐ろしい爆弾」と形容されている。
 私の場合、この鮮烈な黄金色のイメージが、いつしか檸檬から栗へとすり替わっている。
 つまり、私の口内の丸善書店に和栗パフェの新栗が置かれた瞬間、それは爆発する。散らばった栗のカケラで心臓を射抜かれる。鬱屈した青年の虚ろな笑い声が、在りし日の京極にこだまする。
 この新栗の味を知ってしまったら、もう普通の栗には戻れない。
 その意味では、このパフェは人に快楽と呪いを同時に与える悪魔のような装置である。
 しかし私は一年においてこの機会にしか栗を食べないので、それでいいのかもしれない。

 新栗とホイップクリームのマリアージュに悶絶している内に、渋皮マロンアイスという紳士が「お次は私がお相手いたしましょう、ムッシュー」と手を差し出してくる。
 渋皮マロンアイスは私の拙いスプーンさばきを優しく受け入れ、二人きりのワルツをリードしてくれる。
 めくるめく踊りの中で、いつの間にかキラキラとしたものが私たちを取り囲んでいることに気付く。
 それは果たして「細かく砕いた新栗」なのであった。
 このパフェは、どの層にも新栗のカケラが潜んでいる。
 漂泊の俳人・種田山頭火はかつて「分け入つても分け入つても青い山」という自由律俳句を詠んだが、こちらの場合「分け入つても分け入つても新しい栗」なのである。
 最後の最後まで客を飽きさせまい。そんな銀座千疋屋という老舗の本気と覚悟を、私たちは一杯のパフェグラスから学ぶのだ。

最後の最後までパフェを堪能したいけど、どうしてもサイズ的にスプーンがつっかえて底の方まで全部すくえないのがもどかしいですね、の図

 祭りの終わりは寂しい。
 そして和栗パフェの終わりはもっと寂しい。
 でも、これでようやく私も今年の秋へと一歩目を踏み出すことができた。
 来年の秋までもう一年頑張ろう、そしてまた必ず来ようと自らを鼓舞し、名残惜しさを噛みしめて席を立った。

 お会計は和栗パフェ+ホットコーヒーで4,510円。
 や、やよい軒だと「チキン南蛮&エビフライ定食」が4回食べられる金額じゃないか!
 こんなことがすぐ脳裏をよぎるから銀座は私のテリトリーではないのだ。
 足の震えが手に伝わって財布から紙幣をうまく取り出せない。
 一年に一回くらいが、ちょうどいい。それがお互いのためのようである。




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