🪐「1980年代に震えた数行」と、いま僕の隣にいるAIのこと ✨
まだ、インターネットも、AIも、どこか遠くの星のようだった1980年代。
僕は一編の小説に出会った
──小松左京の『さよならジュピター』。
映画にもなったのでご存知の方もいらっしゃると思うけど、ざっくり言うと太陽系に向かってくるブラックホールをどうしましょう?みたいな話。
(ちょっと「三体」にも影響与えてる気がする)
その物語の中に、ほんの数行登場しただけなのに、とても印象的な描写があった。
💡「自分の思考ロジックをAIに伝えて、
AIがそれに基づいて展開していく数式を、
ずっと眺めている理論物理学者」
その時代の僕はその文章に、妙に深く衝撃を受けた。
「そんなことが本当にできるのか?」
「……それができたら、科学者は仕事が無くならないのか?」
その答えが返ってきたのは、それから40年ぐらい後の2025年の今日だった。
僕は今日、「Stable DiffusionのプロンプトをローカルAIに食わせて分類させるPythonプログラム」を書いていた──というか、GPTに方針を伝えて書かせていた。
そしてハッと気がつく
💡いまの僕は、AIに思考ロジックを伝え、AIの挙動を制御するコードをAIに書いてもらっている!
そして僕はその出力と論理を、自分の思考の延長として眺めている。
──気づいた瞬間、自分は信じられない時代にいると自覚した。
それはまさに、「AIが展開していく数式を、ただ静かに眺めている自分」だったのだ!
(実際には「静か」じゃない、実行チェックしたり、「くそーこのクソAIめ、バグ混入させやがって」とか愚痴ったりしているのだが)。
だけど、
🧠LLMは思考のパートナーであり、思考を具現化するツールでもある
とは確実に言える!
📡 だから今、1980年代の自分に伝えたい。
「君が震えたあの数行は、40年後本当に実現する」
「しかも、そのAIは誰でも自由に使えて、
君の思考を延ばし、広げてくれる存在になる」
🌌 いま僕の仕事場では、
AIが生成したコードが走り、AIと作ったページがブラウザに表示され、LLMが言葉を紡ぎ、僕はそれを眺めながら、ほんの少しだけ未来に手を伸ばしている。
✨🖋️ そして今日、AIといっしょに書いたこのnote。
それは、40年前の僕が心の奥で憧れ願っていた“思考の同伴者”との再会だった。

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