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写真と民俗【茨城県・ナーバ流し】

※この記事は約4分で読めます

どうもメダカです初めましての方は初めまして。
今回は茨城県・ナーバ流しを撮影してきました。

ぜひ最後までお付き合いください。


ナーバ流しとは?

【ナーバ流し】とは、茨城県行方市(なめがたし) 蔵川地区の御船神社に伝わる、
田植えの終わった5月下旬に、田植えの終了を祝い五穀豊穣と子孫繁栄を祈願する民俗行事です。

ナーバとは苗束(なえたば)が訛ったモノだと言われています。

茨城という東京からそれほど遠くない地域でありながら、ナーバ流しを作っていた氏子の方々はめちゃくちゃ訛っていて、
何言ってるかわからない人もいたので、苗束がナーバになっていても不思議じゃない感じでしたね。

流しは、御神体が風に揺れる(流れる)姿を現したモノだと言われています。

※個人的見解
このような神事が行われる特別な日を【ハレの日】といい
日常の【穢れを祓う日】でもあるので【流し】の意味には、
【穢れを水に流す】という意味も込められているのではないかと思います。

ナーバ流し

それでは実際のナーバ流しを見ていきましょう。

準備

調べたら当日の準備段階から見学できるようなので、準備から見学させてもらいました。

これがナーバ流しの御神体となる部分ですね。

他にも飾りとなる、藁の束がいくつかあります。
三角は酒樽・四角は井戸・棒状の物はたわしを表しています。

しかし過去見学に行った人の記事では三角ではなくY字だったりするので、
違う意味だったのか、もしくは作り手の個性によるものかは不明でした。
(おそらく作り手の個性)

このナーバ流し作りは、蔵川地区・御船神社の氏子総代・4名で作成されるのですが、3年おきに総代が交代するので、今回は全員初めてのナーバ作りらしいです。
「ああでもない、こうでもない」と言いながら試行錯誤していました。

※氏子総代(うじこそうだい)
地域の神社を信仰する氏子たちの代表者・世話人のこと

もちろん先代の総代も何人か来ていたので、経験者に手伝ってもらいながら作っていました。
しかも現代的と言いますか【ナーバ流し作成マニュアル】が受け継がれており、引継ぎもばっちりでした。

そうこうしているうちに御神体二つが完成しました。
準備が終わったので次は田んぼに移動して設置作業です。

ちなみに僕が到着したのが朝10時ごろでしたが、もうすでに作業は始まっていて、作業が終わったのが昼頃でした。
けっこう時間がかかっています。

設置

それではナーバ流しを設置する田んぼへ来ました。
水を張り田植えが終わり、青空が映る田んぼはきれいですね。

フレームとなる竹の高さが合わず、その場で調整しながら設置をしています。
一人が「細けえなぁ」とボヤキ、もう一人が「神様だからなぁ、細かいんだ」とか冗談言いながら作業をしています。

あまり形式ばった神事ではなく、のどかな雰囲気でいいですね。
(細かいと言う割に年によって微妙に違ったりもしているらしい・・・)

設置作業と聞いて田んぼのカエル君も「やっとるか?」といった風情で見学に来ています。

そうこうしているうちに、外枠となる竹が建てられ、しめ縄と飾りが付けられていきます。
二本しかありませんがおそらく、神域を表す忌竹ですね。

※忌竹(いみだけ・いみたけ)
地鎮祭などの神事で、祭場の四隅に立てられる葉のついた青竹

外枠が完成したので、メインとなる御神体が設置されています。
別々に作られた御神体ですが、設置の際はこのように合体します。
ちゃんと真ん中に来るように微調整(目測)が繰り返されます。

完成

位置がばっちり決まり、田植えの終了を祝い五穀豊穣と子孫繁栄を祈願するナーバ流しの完成です。
最後に清めの酒と塩を撒いて、見学者たちも一緒に二礼二拍一礼をして完了です。

完成図はこんな感じ、他所じゃ見ることのない不思議な御神体ですね。

感の良い方ならお気づきかと思いますが、この御神体は、男性器と女性器を表しています。
それぞれが別々に作られ、田んぼで合体!!!
豊穣祈願だけでなく子孫繁栄の願いも込められているので、普通の事ですね
(。•︿•。)

縄で作られた輪っかは
キン〇マを表現しています

これにて五穀豊穣・子孫繫栄の願いが込められた令和8年のナーバ流しは完了となります。

※総代さん曰く昔はキン〇マは無く、更に上の二本の縄のみで安定させる下二本の縄も無かったらしいです。
どちらもいつの間にか追加されたらしい。

まとめ

いかがだったでしょうか?

前にも書きましたが、明治維新以前は【男性器を陽石・女性器を陰石】と呼び信仰の対象になるのは特に珍しくもなく日本各地で見れる信仰でした。

日本が近代化するまでは、人口の9割以上は農民で彼らの願いは常に【豊作と子宝】です。
二つの意味で種をまく陽石は【よろず生産の神】としてあがめられ、
子を産める隕石も同じ理屈で、信仰の対象になります。

明治維新以降は西洋化に伴い風紀の取り締まりとして禁止されていきますが、一度根付いた信仰はそう簡単には消せません。
このようにローカルながら日本全国で意外と残っています。

今の人から見れば下品な表現だと感じると思いますが、昔の人からすれば、
当たり前の願望と表現を恥ずかしがる現代人の方が滑稽に見える事でしょう。

現代人の価値観で「風紀を乱す、下品だ」など啓蒙主義的な上から目線で、
現代まで続いてきた貴重な、風習を否定することはナンセンスですし、
民俗学の持つ哲学にも反しますよね。

ここまでお読みいただきありがとうございます。
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