【理学療法士エッセイ】「性格が悪くなった?」と思った私へ。怒りの奥にあった、本当の気持ち🌿
最近、仕事をしていて
思うことがあります。
「あれ……
私、前より怒りっぽくなった?」
以前なら作り笑いをしながら
流せていたことにも、
心がザワザワする。
「そんな言い方しなくてもいいのにな。」
「もう少し伝え方があるんじゃないかな。」
そんなことを思う場面が増えました。
昔の私は、
人に対して怒りや苛立ちを
感じることが、
ほとんどありませんでした。
だからこそ最近は、
「私、性格が悪くなったのかな。」
と、少しだけ落ち込む日もありました。
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はろは〜( ¨̮ )❁⃘*.゚
トラウマ回復中の理学療法士、
Marie(マリー)です。
現在、私は在宅勤務をしています。
2020年のコロナ禍をきっかけに、
少しずつ準備を進めてきた在宅のお仕事。
今では毎日、
チームで相談しながら
作業を進めています。
ありがたいことに、
リモート勤務への理解が厚い会社で
働かせてもらっています。
それでも、チームとのやり取りの中で
「あれ?」と思うことが時々あります。
もちろん、
相手に悪意があるわけではありませんし、
仲が悪いわけでもありません。
チーム全体の熱量が高く、
目的や方向性も明確なので、
仕事自体はとてもやりやすい環境です。
それでも、
ちょっとした言葉の行き違いや
認識の違いから、
モヤモヤすることはあります。
こうしたストレスは、
在宅勤務でも通常勤務でも、
避けては通れないものですよね。
けれど、
モヤモヤが積み重なると、
心は少しずつ疲れてしまうのです。
🌿主治医からもらった「目から鱗」の言葉
ある日のこと。
「私、性格が悪くなったのかな……
嫌だな。
元夫のように、
攻撃的な人になるのだけは避けたいな。」
仕事を通して感じた悩みを、
トラウマ治療で通院しているクリニックの担当医へ話しました。
すると先生は、こう言いました。
「性格が悪くなったというより、
Marieさんは、やっと怒りを
感じられるようになってきたのかもしれませんね。」
その言葉を聞いた瞬間、
私は目から鱗でした。
トラウマ回復の過程では、
今感じている不安も、
けっしておかしなことではない。
そう気づくことができたのです。
以前の私なら、
嫌なことが起きても、
「私が悪い。」
「私の考えすぎ。」
そうやって自分を責めることで、
問題を解決しようとしてきました。
「お前が悪い。」
「俺は変わるつもりない。」
そう言われ続けた影響も
あったのかもしれません。
元夫との生活でも、
元義母との関係でも、
私は違和感を無視し、
いつも相手の機嫌を優先して
生きてきました。
そのため、
人に怒りを感じること自体が
とても少なかったのです。
正確には、
怒りを感じる一歩手前で、
「私がおかしいんだ。」
と、無意識に思い込んでいたのかもしれません。
今振り返ると、
そう思うことでしか
あの苦しい状況を
生き延びられなかったのだと思います。
🌿怒りは、私を守るための大切なサイン
今の私は、昔とは少しだけ違います。
「その言い方は、
少しきつく感じるな。」
「ここは私の認識と違うかも。
一度確認してみた方がいいな。」
そう思えるようになりました。
ここで大切なのは、
怒りを感じたからといって、
私は「相手が悪い」と
決めつけたいわけではない、
ということです。
怒りを感じることと
その怒りを相手へぶつけることは、
まったく別のことです。
以前の私は、
怒りという感情そのものを
タブーだと思っていました。
その一方で、
怒っている人を見ると、
「私が悪いのかもしれない。」
そう思ってしまう。
相手の怒りにはOKを出せても、
自分の怒りには
OKを出せなかったのです。
けれど今の私は、
怒りとは、
自分の心を守るための
大切なサインなのだと思っています。
なので最近は、
「あ、今のは嫌だったかも。」
「うーん……
ちょっとムカつくかも😤」
そんな風に、
怒りの感情を受け止め、
味わうところまでは、
自分にOKを出すようにしています。
怒りを相手へ投げつけるのではなく、
一度立ち止まって、
深呼吸する。
そして、
「私は何に傷ついたのだろう。」と
自分自身へ問いかけられる人でありたいと思っています。
言葉は、
人を救うこともあれば、
深く傷つけることもあります。
だから私は、
怒りの感情を
「誰かを傷つけるため」ではなく、
「自分を理解するため」
に使える人でありたいと思っています。
トラウマ治療を通して、
これまで他人ファーストだった私は、
自分の気持ちにも少しずつ耳を傾けられるようになってきたのかもしれません。
🌿もうひとつの、大切な感情との出会い
ここ数ヶ月、
特に感じることがあります。
「在宅勤務になるために準備をして、本当に良かったな。」
ということです。
以前の担当医から、
「過剰適応の傾向があるね。」
と言われたことがあります。
自分でも、その自覚があります。
もし毎日オフィスへ通っていたら、
相手の表情や空気まで読み取り、
今より何倍も疲れていたでしょう。
しかも、オフィスだけではありません。
通勤中の電車で乗り合わせた人や、
休憩中に立ち寄るコンビニの店員さんにまで
必要以上に気を遣ってしまいます(苦笑)
通常勤務だった頃を思い返すと、
「そりゃ疲れるよね。」
と、今なら素直に頷けます。
完全在宅勤務になってからは、
仕事のやり取りで
モヤモヤすることがあっても、
PCの画面を閉じて、
深呼吸をする時間を
意識して取れるようになりました。
お茶を飲み、
庭の緑を眺める。
少し心を整えてから返信する。
そんな距離感が、
今の私にはちょうどいいようです。
怒りは、自分を守るサイン。
モラハラのあった環境から離れて約10年経ち、
ようやく喜怒哀楽のうち「怒り」の感情を取り戻せた頃。
私はもうひとつ、
ずっと心の奥に閉じ込めていた
感情に出会うことになります。
🌿安心できる場所があるから、泣けた日
前述したクリニックでは、
臨床心理士による
カウンセリングも受けています。
先生と45分間。
過去のことと今のことを行き来しながら、
ゆっくり話をしていました。
最近は、
子猫を一時的に預かったこと。
夫と朝散歩をしていること。
ドラマ『古畑任三郎』に
ハマっていること。
家庭菜園が楽しいこと。
そして、
フラッシュバックで寝込む日も減り、
本当に少しずつですが、
日常の中に笑える時間が戻ってきたこと。
そんな近況を、先生に話しました。
今回も、カウンセリングは
穏やかに終わるものだと
思っていました。
ところが、
話の流れで
元義父のことになった瞬間。
自分でも驚くほど、
涙が止まらなくなったのです。
人に怒ることが滅多になかったように、
人前で泣くことも、
ほとんどありません。
先生は急かすことなく、
どうにか言葉を絞り出す私を、
静かに受け止めてくださいました。
🌿最後まで信じたかった人、胸に残った言葉
少しだけ、
過去へ戻ります。
元夫や元義母とは違って、
元義父だけは、
私の味方でいてくれるのではないか。
そんな気持ちが、
どこかにありました。
元義父との思い出は、
温かいものばかりです。
一緒に山登りへ行った日。
早朝から一人で山登りへ出かけるほど、
豊かな自然が好きだった元義父。
準備する姿を見るのが、
私は好きでした。
私が妊娠中には、
「買い物に付き合ってほしい。」
と、イオンモールへ
誘ってもらったこともあります。
本当の娘のように接してくれて、
私もいつしか、
本当の父親のように
思うようになっていました。
だからこそ、
約3年前、
強制的な協議離婚となったあの日。
元夫、その弟、
そして元義父。
男性3人が私を待ち構えていて、
一方的に協議離婚の場が設けられました。
私が母や姉へ相談しながら
密かに離婚の準備を進めていたことを責められ、
元夫からは、
「謝れよ。」
と言われました。
私は恐怖で凍りつき、
ほとんど何も話せませんでした。
男性3人を前にして、
頭の中は真っ白。
最後まで、
元夫と二人で対等に話し合うことは
叶わなかったな……
そんなことを、
心のどこかで考えていたようにも思います。
1時間は経ったのでしょうか。
気がつけば、離婚の話は
進んでいました。
……その場にいるだけで、精一杯でした。
ビデオカメラと離婚届、
離婚協議書を手に、
3人が家を出て行こうとしたとき。
元義父が、こちらを振り返りました。
そして、口を開きました。
「汚い」
その言葉を聞いた瞬間。
目の前の景色が、
一気にスローモーションとなりました。
…この出来事が、
離婚から3年経った今も、
私の中に深い傷として残っていたのだと、
カウンセリングで
初めて気づきました。
それでも、あの日
元義父に向けて伝えた言葉があります。
「今までありがとうございました。」
元義父には、
本当にお世話になったから。
感謝だけは伝えられた。
そう思うようにしています。
…私は、臨床心理士の先生へ
そう話しました。
けれど、
先生の次の言葉で、
自分の本当の気持ちに
初めて気づいたのです。
先生は静かに言いました。
「元旦那さんの親族の中で唯一、
信頼できる存在だった
元義理のお父さんに、
最後にそんな言葉を言われて、
突き放されたように感じたんですね。」
その言葉を聞いて、
胸の奥で何かがほどけました。
「ああ……
私は、
すごく悲しかったんだ。」
信じていた人を失った悲しみは、
私が思っていた以上に、
深く心へ残っていたのでした。
🌿悲しめるようになることも、回復のひとつ
冒頭で、
「前より怒りっぽくなったのかな。」
そう思うことがあったと書きました。
けれど、
今回の診察や
カウンセリングを通して、
気づいたことがあります。
怒りを感じられるようになったからこそ、
その奥にあった悲しみにも、
ようやく触れられるようになったのだと。
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トラウマの回復とは、
ただ単に
「悲しい記憶が消えること」
ではありません。
安心できる場所で、
感情を取り戻せるようになること。
それもまた、
回復のひとつなのかもしれません。
🌿自分の感情を否定しないで
怒りは、
悪い感情ではありません。
「ここは私の大切な境界線ですよ。」
そう教えてくれる、
心のサインです。
そして時には、
怒りの奥にある悲しみに
気づかせてくれる感情でもあります。
これからの私は、
かつての自分自身のように
感情を殺して怒らない人に戻ることを
目指すのではなく、
怒りも、
悲しみも、
どちらも否定せず、
少しずつ自分の心へ
耳を傾けられる人でありたい。
そう思っています。
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子猫の奇想天外な行動に笑ったり。
朝散歩の途中、綺麗な花に出会ったり。
庭で採れた夏野菜を料理したり。
そんな何気ない毎日が、
凍りついていた心を少しずつ溶かし、
癒やしてくれています。
フラッシュバックで動けなくなり、
涙があふれる日もある。
「今、この場所は安全なんだ。」
そう感じながら、
笑える日もある。
どちらか一方ではなく、
その両方を抱えながら
生きているのが、
今の私です。
焦らず、
ぼちぼちと🍵🌼
🌿あとがき
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
このエッセイは、
けっして誰かを裁くためではなく、
私自身のトラウマ回復の過程を
ありのままに綴ったものです。
以前、担当医から
「過剰適応の傾向があるね。」
と言われた私。
今回は、
無理に前向きな言葉を探すのではなく、
「あのとき私は悲しかった。」
その気持ちを、
そのまま書いてみました。
むしろ、
「書けるようになった。」
そう表現する方が、
今の私にはしっくりきます。
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苦しいときほど、
本当の気持ちに
自分自身でさえ気づけなくなることがあります。
誰にも言えず、
「私さえ我慢すれば丸く収まる」と
一人で抱え込んでしまう。
そんな経験をされた方や、
今まさに我慢を続けている方は
私以外にもいらっしゃるのでは
ないでしょうか。
もしこの文章のどこかに、
ご自身の気持ちと
重なる部分があったなら。
それだけでも、
このエッセイを書いて
良かったと思えます。
怒りや、悲しみ。
それらの感情を、
負の感情だからよくないと
否定するのではなく
相手にぶつけるのでもなく
丸ごとそのまま
受け止めていいものなんだと、
まずは心の中で気づくだけでも
いいように思います。
必要な方の心に、
そっと届きますように。
©︎Marie
