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エッセイ 拒食のうた

私は、毎日、体重計に乗る。

乗る前はいつも、心臓が小さく跳ねる。
数字が昨日とまったく同じか、ほんの少しでも減っていれば、その日は勝ちだった。

けれど、少しでも増えていたら。
たとえそれが、誤差のような数字だったとしても、私の身体は風船のように膨らんでしまった気がした。
皮膚の下に、脂肪が音もなく流れ込んでくるような気がした。

私はつい先日、憧れの会社に就職することができた。

けれど、困ったことがあった。
仕事はデスクワークだった。
一日中、机の前に座っている。

運動できない。
太るかもしれない。

そう思うと、じっと座っていることが怖くなった。

だから私は、他の部署に行く用事があるふりをして、ビルの階段を上がったり下りたりしていた。
書類を取りに行くふりをして、遠回りをした。
そうでもしなければ、身体に脂肪が溜まってしまうような気がした。

仕事に少し慣れてきた頃、先輩の男性社員にランチに誘われた。

たぶん、親切だったのだと思う。
新しく入った私を気遣ってくれたのだと思う。

けれど、そのとき私の頭にまず浮かんだのは、

どうやったら、食べているように見せかけながら、食べずに済むか。

それだけだった。

断ればよかった。
強くそう思った。
けれど、断ったらカドが立つかもしれない。
感じの悪い人だと思われるかもしれない。

連れて行かれたのは、イタリアンのお店だった。

先輩は、
「ランチセットでいいかな?」
と私に聞いた。

聞いてくれた、というより、もうランチセットに決めているようだった。

私は、
「はい、お願いします」
と小さな声で言うしかなかった。

私は激しく動揺した。

ランチセット。
何キロカロリーあるのだろう。

脂のついた肉だろうか。
それとも、太るパスタだろうか。
せめてサラダがついていれば。
ドレッシングを避ければ、少しは助かるかもしれない。

まもなく、料理が運ばれてきた。

私は皿の上を一瞥して、すぐに作戦を立てはじめた。

これは食べる。
これは残す。
残すときは、付け合わせの陰に隠す。
ソースはできるだけ避ける。
パンには手をつけない。

頭の中だけが、異様な速さで動いていた。

先輩はいろいろ話しかけてくれた。
仕事のことや、職場のことを話してくれていたのだと思う。

けれど私は、目の前の食べ物をどうやってわからないように残すか、それしか考えていなかった。

小さくナイフで切る。
口に入れる。
できることなら、すぐに吐き出したかった。

カロリーをこんなに体内に入れるなんて。

半分だけ口に入れて、咀嚼して、飲み込む。
残りの半分は、付け合わせのパセリの下に押し込む。

隠したつもりだった。
普通に見れば、丸見えだったのに。

先輩が、
「そろそろ……」
と言ったような気がした。

私はとっさに、皿に残っていたフランスパンを紙ナプキンで包み、カバンに放り込んだ。

ああ、これでパンを食べなかったことはバレない。

そう思って、少しだけ安心した。

その後、その会社に在職している間、その先輩からランチに誘われることは二度となかった。

数十年後。

私は清掃の仕事を終えて、カフェでラテを飲んでいる。

今夜は何を食べようか。
大好きなカレーライスにしようかな。

ようやくわかったことがある。

食べ物は、敵ではなかった。
食べることは、私を罰することでもなかった。

コンビニに寄って、カレーを買う。
家に帰って、愛猫を撫でる。

あたたかいご飯を、ゆっくり食べる。

それだけのことが、こんなにも遠かった。
それだけのことが、今はこんなにも美味しい。

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