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【創作大賞2026】バード・ネーミング【エッセイ】

 車でよく通る道に、白い鳩の大群がいます。私は彼らのことを「結婚式場から逃げ出した鳩」と呼んでいます。絶対そうですよね。そうじゃないと説明がつかないと思います。
 私は道で出会う鳥達にひとつずつ名前をつけていきます。大きな川に立ち尽くす詐欺集団。田んぼによくいるオシドリ夫婦。空を旋回するスナイパー。百匹で鳴き喚く団体観光客。そうすると、勝手に彼らと仲良くなれたような気がして面白いです。
 当たり前ですが、どの鳥もお互いを知りません。これが小説だったら、鳥と鳥が曲がり角でぶつかって恋を始めるなどして出会わせるでしょう。でも、私が普段から魔法を使っているのとは違い、彼らの現実を否定することはできません。鳥同士には関係はないし、彼らは現実には結婚式場の鳩ではないでしょう。
 だから、彼らの現実とは切り離し、物語として「結婚式場から逃げ出した鳩」と呼ぶのです。勝手にその間柄を結びつけ、結婚式場の鳩達が団体観光客とバトルする展開を見い出します。そうすれば、私自身にも魔法がかかったような気がするから――

 そんなことを毎日考えている甘衣君彩です。こんにちは。大学生活を送りながら、ファンタジーちっくな小説を執筆しています。
 この話は上記で終わりではありません。ここまでが導入です。驚きでしょう。それとも、私の作品を読んだことのある方々は慣れっこでしょうが。本当は鳩の話で終わらせても良かったのですが、今日は「自己開示」が目的なのでもう少しお付き合いください。
 最近小説を書いている時に、少しずつ自分を混ぜるようになりました。その理由は、ある日突然「小説を書くには魂を削るべきだ」と思うようになったからです。つまり、小説では自己開示をするべきだ、ある程度自分の置かれた環境や感情を乗せるべきなのだと。その考えに至った時、本当にそうなのかと自分自身で疑問に思いました。試さないことには分かりません。日夜どこまで魂を切り出すか模索しているところです。
 その例として、今回鳩の話を出してみることにしました。魂を少しだけ込めて。私は道を歩いている時、鳥に名前をつける大学生です。そして、その意味について考察したがる大学生なのでした。

 自己開示になってない?
 もっと大学生活の話をして欲しい?

 これは私が書きながら思っていることですね。実際そうしたいとも思うのですが、やはり過度に自分を表すことには抵抗があります。自分を誰かに「読まれる」のって、凄く緊張しませんか。例えば、例えばですよ。私にとんでもない倫理観を持つ人間だったとして、その部分が小説に表れてしまった時に読者がどう思うか、それが怖いと思うのです。
 怖さの正体には、私が古今の作家の作品を読んでいて、どう思うのか絡むと思います。自分の内なる闇、悪意、そういったものを削りながら、鬱鬱と書いている一人の作家。その作品を作家と重ねて読む私。「こんな人となりだったのか」と勝手に推測してしまいます。感想を書くノートに、面白い・怖い・素敵だ、などと記録するでしょう。でも、そのことを当の作家が知ったとしたら。きっと自分の鬱屈とした内面を知られてしまったことに絶望してしまうのではないでしょうか。私だったらそうなります。おそらく。
 だから、その絶望を覚悟して自分の問題について落とし込める創作者はとんでもなく凄いと思うのです。身の回りの人に自分を知られても、それでも創作できる人だから。

 私は今を生きる大学生として、やっぱり他人に自分を知られるのは怖いです。だから、これまではあまり自己開示はせずに小説を書いてきました。でも、自分を小説に落とし込めば、生の感情を登場人物に吹き込むことができます。自分を小説に乗せることは、創作を追求するには必要なことだと考えています。
 今回エッセイを書いたのはその練習でした。勿論、文章に魔法をかけてカモフラージュするのですが。鳥に名前を着けるのも、彼らの力を借りて現実を魔法の世界に近づける魔法だったりします。呪文は短く、バード・ネーミング……なんちゃって。
 ともあれ、こんなことを考えているのが大学生の甘衣君彩です。少しは私の内面が分かりましたでしょうか。今後とも自分の魂を少しずつ削って作品に混ぜ、より良い作品を作っていこうと思います。そんな訳で「よろしく」という呪文を追加で残して、このエッセイを締めたいと思います。

 ちなみに「結婚式場から逃げ出した鳩」は七年前からいるのですが、一体いつ逃げ出したのでしょうか。

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