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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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「サブスタンス」「マリグナント」の話をする

注意
この文章には「サブスタンス」「マリグナント」の重大なネタバレを含む上に、「REVENGE リベンジ」「ゴジラ(54)」「ロボコップ」等のネタバレも含みます。
また、私は「サブスタンス」は一回しか観ていないうえにパンフレット等はとくに読んでいません。

「マリグナント」「サブスタンス」のポスター、フライヤー

かつてSFXブームがあった


この部分は知っている人にとっては完全に釈迦に説法なので読み飛ばしても良いです。

いきなり「サブスタンス」「マリグナント」の話ではない…と思われる方もいるかも知れないが、これは思いっきり「サブスタンス」「マリグナント」 に関係する話だ。
正直、私はSFXブームについて語る年代ではないと思う。私が物心ついた頃は既に90年代。「ジュラシック・パーク」は公開されており、「スター・ウォーズ」「特別編」としてデジタル技術で後付けの描写が追加された旧三部作が続々公開されていた(幸いな事に、私はVHSで特別編以前の、オリジナルの旧三部作を観る事ができていた)。特撮といえば最新技術であるVFXが持て囃される時代であった。それでもレンタルビデオ屋はまだ盛んな時期であり、ブームの残り香、延長上に触れる事はできた。
ここでSFXブームについてどうこう言うつもりは無い。ただ、そのようなブームとそれに連なる作品群があった事は明言しなければならない。

SFXブームについて、これも諸説あると思うが、基本的には77年の「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」公開を嚆矢に、SFXを駆使した作品が作られまくった時期、という解釈で良いと思う。年代的には70年代の後半から90年代の初頭にかけて。「エイリアン」「ネバー・エンディング・ストーリー」「ゴーストバスターズ」といった作品が世に出た時期だ。
SFXという技術を使う以上、そのジャンルはSF、ファンタジー、ホラーが多くなる…要するにそういったジャンルが盛り上がっていた。
もちろんSFブーム、ファンタジーブームと個別のブームとも繋がりがあり重なる部分もある。ホラーについてはオカルトブームやスプラッターブームとの重なりもあり様々な作品が産まれた。「13日の金曜日」「エルム街の悪夢」といったスラッシャー作品群、数々のゾンビ映画、「エイリアン」の流れを組むクリーチャー映画…怪人、怪獣、超能力者が跋扈し、その中で描かれる人体破壊描写、人体が変質していく描写、ミュータント描写…
もちろん、ここで描かれるビジュアル的なおぞましさ、気味の悪さを見せたいという作品もある(映画というものは、本質的にはどうしても見世物だからだ)。だが、当然だが映画という総合芸術である以上、それ以外の要素も多分に重なり合っている(重なってない時もある。グチャドロ描写を見せたいゲテモノ映画ももちろんある。それも悪い事ではない)。
この手のジャンル全体として見れば、例えば「エクソシスト」が悪魔に憑かれた少女のおぞましい姿を描くと同時に、宗教と現代社会、神父の苦悩と死闘を描いている事、「ゴジラ(54)」が人類を蹂躙する怪獣の恐怖を描くと同時に、核の恐怖や人間の愚かさ、それでも脅威に立ち向かう姿を描いている事は説明するまでもないだろう。

「死霊のはらわた」(1981)のVHSパッケージの一つ。具体的といえばそう。

SFXブームに対する私の主観としては、“レンタルビデオ屋に行ったときに、おどろおどろしいパッケージやカッコいいパッケージで陳列されている作品群”だ。幸いな事にビデオ全盛期とも重なっていた為、場所にもよるがレンタルビデオ屋には大量の作品が並んでいた。前述の通り映画は見世物なので、どうしてもショッキングな描写、おぞましいシーンを強調したパッケージが多かったりもしたが、劇中の描写を具体的に伝えてくれているという意味ではわかりやすかったりもしたし、それもまた良くも悪くも文化だったのだと思う。怪獣や恐竜が好きだった私は、その流れでそういったクリーチャー映画等も観ていって、“どうやらこの辺の作品は面白い、自分好みの作品が多いらしい”という事を知っていった。

ちなみに、私のこの辺の作品群でのおススメは「ガバリン」「キラークラウン」「アクエリアス」です。おススメなだけで「サブスタンス」「マリグナント」とはそんなに関係ありません。

「マリグナント 狂暴な悪夢」について

「マリグナント」海外版ポスター。私はこれが一番好き。

2021年、「マリグナント 狂暴な悪夢」が公開された。
監督・原案はジェームズ・ワン。当時から内容についての情報は予告なども含め、あまり公表されておらず、実際映画の内容も観ていくうちにジャンルが判明していくという作りなので、当たり前だがネタバレなんか触れずに初見した方が絶対に良い。観る予定がある方はこんな文章読んでないでまず観てみた方が良い。


という事でここからは「マリグナント」を観た人が読む前提で書いていく。

「マリグナント」冒頭、どこかの研究所で何かが暴れているシーンで物語ははじまる。次いでアナベル・ウォーリス演じる主人公マディソンの物語が展開され、彼女は身体の麻痺と同時に恐ろしい殺人の光景を幻視するなどし、さらにこの殺人は実際に起きている事である…という事態に直面している事が判明していく。
最終的に、マディソンには実は後頭部に双子(結合双生児)のガブリエルが存在していた事が明かされる。ガブリエルは狂暴な性格かつ超人的な身体能力の他、機械や電波を遠隔操作する(壊す、スピーカーから音声を出す)等の超能力を持っており、冒頭で暴れていたのは彼だった事がわかる。
ガブリエルは、脳はマディソンと共有していながらも完全に別の自我・人格を持っているのだが、あまりにも凶悪な為、マディソンのその後の人生も考慮し「悪性腫瘍」(Malignant=悪性の~という意味)と判断され、マディソンの少女時代に切除されてしまう…
が、脳を共有していた事から、ガブリエルは身体を切除されても生き続けていた。長い年月をかけ再び成長したガブリエルは、マディソンの身体を乗っ取り、かつて自分を切除した人間たちに復讐を開始していた(マディソンが幻視という形で見ていたのはこの光景だった)…

これが「マリグナント」のあらすじである。
「マリグナント」は、「悪性腫瘍」とされ、ヒトとすら見なされなかったガブリエルの復讐の物語だ。私はここに大いに感動した。
ここでSFXブームの時代に戻る。
ガブリエルの持つ結合双生児(あえて奇形、といってもいいかもしれない)要素や超能力の要素は、当時の作品群の中にも見受けられていた。
有名どころだと、前者なら「バスケットケース」シリーズ、後者なら「スキャナーズ」シリーズだろう。私は未見ながら(超観たい)「キクロプス」という作品もあった。
「マリグナント」は明らかにこれらの作品群を意識した作品だ。それも、特撮を駆使した“怪物”の「ヒトとすら見なされなかった存在」としての悲壮さも真摯に見つめた作品だ。ガブリエルの見た目がグロテスクな異形であり、アナログな特撮で描かれる(ガブリエルの動きも実際にスタントの方が演じている)のはそういう事だとう。そんなガブリエルがジェームズ・ワン印のぐりぐりカメラワークと殺陣で警官たちを惨殺するシーンは感涙ものだ。ガブリエルはどうやったってただの残虐な怪物なので退治されなければならないが、ヒトとすら見なされない=生存権すら与えられなかったガブリエルにはヒトに復讐する権利は十分にあるだろう。
SFXブームのジャンル映画を意識しつつ、最新の描写を駆使して作品を描く。「マリグナント」の魅力はまさにあの殺陣に集約されていると思う。

「サブスタンス」について

「サブスタンス」フランス版ポスター…だと思う。ネタバレ気味だが良いと思う。


以下に書かれる“話題”などは私に見えてる範囲の、映画ファンやニュースサイトの情報等の事です。おそらく「自分の見えてる話と違う」という人はかなりいると思います。

私の「サブスタンス」に対する印象を一言で書くと“悪いオタクが作ったオタク映画”です。

監督についてと前情報の主観

「サブスタンス」の監督・脚本はコラリー・ファルジャ。編集も手掛けたようだ。
以前に日本に入ってきている監督作は「REVENGE リベンジ」
マチルダ・ルッツ演じる主人公が、自らを殺そうとした男たちと死闘を繰り広げる作品だ(余談だがマチルダ・ルッツはリメイク版「レッドソニア」に抜擢されている)。こちらでもコラリー・ファルジャが脚本・編集も手掛けている。
これも中々の良作で、とくに泥臭く血生臭い戦闘シーンが素晴らしい。血みどろで全裸で殺し合うクライマックスの銃撃戦は、「サブスタンス」を観た今なら“アレやっぱお前の趣味か!”となる。

「REVENGE リベンジ」のパッケージ。
これも余談だがこのパッケージの構図と「リベンジ」という邦題は、
この後勝手邦題的にシリーズ化され何本か出ている。

そんなコラリー・ファルジャが手掛けるボディ・ホラー、主演はデミ・ムーアという事で「サブスタンス」は話題になっていた。
ボディ・ホラーというジャンルとして見れば10年代より「スリーデイズ・ボディ」などの良作が公開されている流れがあった。本作に対しても断片的に公開される情報からも特撮を駆使した特殊メイク・クリーチャー映画等の側面を持った作品ではと予想(話題)になっていた。
いざ海外で公開されてみれば各種映画賞で話題沸騰、という情報で今度は不安感を増したりしていた。

本編について…ルッキズムとスケベが全ての世界…さすがに珍作味がするよ

以下の文章も「サブスタンス」を観た人が読む前提で書いていく。

で、実際に「サブスタンス」を観てみた。
冒頭から直喩の連続、クローズアップの連続。
デミ・ムーア演じる主人公…かつて一世を風靡した、いまでも(デミ・ムーアの実年齢の通りなら還暦越え)フィットネス・エアロビクス番組の主演をしているエリザベスが、収録後に女性用トイレが使用できなかった為に仕方なく男性用トイレに入る。そんな事とは知らず入ってきたデニス・クエイド演じるプロデューサーは、彼女の老いと容姿をこき下ろし、新しい、若い女を起用する旨の電話を大声で(あと画面はドアップで)話している…
今時、こんなベタな導入ある!?となる。
読み切り漫画の導入か、エロ同人の導入か!?となる。
しかしここでこの映画のノリは明確に示される。「これくらいの感じで行きますよ」という事だろう。
サブスタンスの薬が、いまどきドギツイ蛍光グリーンなのもそういう事だろう(これもベタな表現だが、個人的には「死霊のしたたり」を思い出す)。

「死霊のしたたり」DVDパッケージ

ちなみに、「サブスタンス」で描かれる世界は徹底的なルッキズムの世界だ。ショービジネスの世界…というレベルではない。若さと美貌、そして露骨なまでのエロさが全て。倫理観もクソも無い世界。
周囲の評価がルッキズムとスケベさに支配されている…主人公も完全にその評価軸と倫理観に囚われている。ひたすらクローズアップを多用するのはこの世界観の狭さも表現していると思った(クローズアップで口元や食べ物等に対するグロテスクさを描く辺りはちょっとヤン・シュヴァンクマイエル味も覚えた)。
エリザベスがSNSを使ってる描写があまり無いのも印象的だった。現代的な承認欲求の怪物というより、彼女の生きてきた世界の狭さ(そもそも自分自身との激突、という実に狭い話もテーマなんだと思うが)がそういう事なのだろう。

…という事を真面目に考えようとすると、意識的にそうしているであろう、めちゃくちゃベタな描写がどんどん飛び込んでくる。そもそもデニス・クエイドのキャラクターからして、仮にバブル全盛期の日本でも悪役だろうという露骨さ。ペントハウス(だと思う)に住むデミ・ムーアも、私から見たら「日本で言うとトレンディドラマの世界に囚われているのだろうか」と思ってしまった。
アメリカのセレブ層の現状を知っているワケではないが、格差や貧困に関するニュースから察せられる現状や他の欧米作品の描写とはかなり乖離があると思う…要するにそこは要点じゃないと思う。あくまでエリザベスが住む世界を描いているのだろう。
寓話的として描いているのかもしれないが、正直、むしろ珍作味がしてしまう…

…という感じで、ここまででも珍作要素は強かったが、中盤で一気に珍作感が増した。

ドラゴンボールの劇場版に「魔神城のねむり姫」という作品がある。冒頭、亀仙人はビールを飲みながらエアロビクスの映像を性的な目で観ている…(たしか原作にもこのシーンの元になったシーンはあると思う)。
80年代辺りにエアロビブームがあったのは知っている。他の欧米作品などでも観た事がある。最近でも「HERE ヒア 時を越えて」で時代を現わす描写として引用されていた。スケベな目で観ていた人もいるだろうし、なんならそういうAVも見かけた記憶はある。
…で、「サブスタンス」は中盤でそのスケベエアロビクスレベル100みたいなシーンを全力でやる。徹底して露骨にスケベに描く。さすがにここでこの映画はもう珍作扱いで良いだろうと判断した。

ちなみに、この辺の描写で一番良かったのは、クライマックスの大晦日のショーに、主人公のファンである女児が観に来ている点だ。
前述のスケベエアロビクスを女児が観ている(保護者が観せている)…そもそも大晦日のショー自体、トップレスのダンサーが普通に出ている…
ゾーニングもクソも無い、徹底して倫理観がない世界のグロテスクさとして、かなり良いシーンと思った。

まぁ、そもそもデミ・ムーアとマーガレット・クアリーのW主演にした上で、劇中で衣装を変えまくり七変化するのがデニス・クエイドという点も面白ポイントとして捉えるべきだろう。

ちなみに本作のデニス・クエイドはここ10年くらいのデニス・クエイドの中で最高のデニス・クエイドだと思う。

彼が起用されているのも、「インナースペース」「ドリームスケープ」等の80年代のSFX映画によく出ていたり、それ以降もワリとジャンル映画に出演しているからかもしれない。

ちょっとモヤッたエリザベス/スーの姿

番組を降板になったエリザベスはサブスタンスに手をつける(Substanceは、そのままなら「物質」などの意味)。

ミニマリズム広告のような形で描かれたサブスタンスのキットを使用し、エリザベスは有機的に分裂(この辺の説明は一応細胞分裂が云々とされるが、基本的には冒頭やポスターで描かれた卵の描写程度の理解で良いだろう)。
マーガレット・クアリー演じる、若い肉体の「スー」として、降板した番組のエリザベスの後釜として採用される。

ここで手探りでキットを使用していくエリザベス/スーの姿を通じて、サブスタンス…この映画のルールが提示されていく。ここはテンポが良くて良い。
若い肉体に固執し、ルールを破った場合何が起きるのかも端的に描かれる。この辺は「ドラえもん」「世にも奇妙な物語」「週刊ストーリーランド」味がある。
もちろんエリザベスは破滅に向かって行くのだが、正直この辺のエリザベスの言動はモヤモヤする。
一言で言えば劇中の台詞通り「自分を大切にしろ」なのだが、いくらなんでも手探り状態で急にルールを破る、本来は還暦前後で、その上で冒頭のように動けていた(そうとうな努力を継続していただろう)エリザベスがこんな刹那的な判断をするのだろうか、と思いノれなかった。
まぁ、ここでエリザベスが慎重に行動したり、エリザベスとしての1週間を普通に過ごせる人間ならこういう話にはならないのだが…話が早すぎるというか…
徹底して言われていた「一人の人間」という事も、終盤のモンストロ・エリザスのデザインから察するに、もはやエリザベスとスーという別々の人格になっていた、という話なのかもしれんが、観ている時はモヤってしまっていた。
…それ故に、よく考えたらボディ・ホラーとしてはイマイチ(そこは怖く描いていない)のでは?ともなっている。

ガッツポーズの連続となった中盤いくつかのシーン

しかし中盤以降の展開ではかなり納得ができ、かつガッツポーズもののシークエンスがかなりあった。

ひとつがデミ・ムーアが悪態をつきながら料理をするシーン。
この前までの過食症のシーンは「あそこまで身体を維持していただろうエリザベスが急に…?」とモヤッたのだが、あのシーンは本当に良かった。
ここも珍作味もあるが、デミ・ムーアの演技の迫力が圧倒的に説得力を持たせている。
コラリー・ファルジャ、ここのノリでデミ・ムーアがバトルヒロインやる作品撮ってくれとなった。

もうひとつがエリザベスとスーが対面してからの殺陣。
ここの殺陣は非常に泥臭く、殺意が高く、まさに「REVENGE リベンジ」のコラリー・ファルジャだという感じで非常に良かった。
そして、ここで描かれる「自分を殺す」という行為。自分をあそこまで惨殺する。ここまで散々描かれたエリザベスとスーの乖離がここで活きたと思った。いままでの「それ以上やると死ぬかマトモに生きる事ができなくなるかもしれんが、そこの生存本能とかはないのか?」という感覚もここで納得できた。ここは本当に良いシーンだと思う。

そしてジャンル物として定石通りの展開になるが…

ここまでの展開、出てくるガジェット…ジャンルとしてはかなり定石通り、暴走した主人公はモンストロ・エリザス(って名前だったと思う)という怪物に変貌する。
人間の身体のパーツがめちゃくちゃについた、特殊メイクと着ぐるみを駆使したミュータント的な異形(ここでスーとエリザベスの顔が別々にあるのは、前述の通りやはり人格が二つになっていた、という事だろうか)。
このビジュアルセンスは、あのSFXブームのソレだ。
ここで、この作品は単純にルッキズムの果てのボディ・ホラーを描きたいだけではなく、SFXブームの時代の作品群を意識しているのだと気づいた。

…が、正直ここからの展開は「悪いオタクのオタク映画」感がどんどん増していってしまった。
今までの直喩と露骨な表現のがそのままモンストロ・エリザスに帰結していっているように感じた。
「ツァラトゥストラはかく語りき」を使った点は、バカにしているのか、あるいは天然なのか…どんな理由にせよ露骨過ぎて嫌だなぁと思ったし、
その後の血まみれシーンは“そらこれだけの規模でこういう描写やったら気持ちいいでしょうよ”というのが正直な印象だ。
同時に描かれるのが、序盤からずっと繰り返されてきた直喩…モンストロ・エリザスを怪物と呼び押しのけ合う男たちという図なのも…

この点でモンストロ・エリザスがやたら壊れやすいのは、身体のパーツが滅茶苦茶になっている人体はアホみたいに壊れやすくて良い、破裂とかさせて良いというのをこの手のジャンルとしては「ロボコップ」のエミール等でお約束となっているので、その描写がるのは良いと思うが…

ただ、ラストでモンストロ・エリザスからエリザベスが分離するシーンはガッツポーズでした。

結論として、私の「サブスタンス」の印象は悪いオタクが作ったオタク映画という感じになった。
本来、こんな映画は許せんとなりそうな趣きの作品。
「ゴジラ(54)」の話をしたのであえて例えるなら、少女にガイガーカウンターを向けたら針が降り切れるシーン、あれを“でもこっちの方がもっと良いでしょう?”とぐちゃぐちゃに潰れた少女の遺体を見せつけられてるような感覚。
それはただの露悪だよ、悪ふざけだよ…となりそうな感覚。

ジャンル物の中には「テーマを描きたいが為にジャンルを利用している」と評される作品がある。
「サブスタンス」はその逆、「ジャンル(クライマックス)を描きたいが為にテーマを利用している」では…とちょっと思う。少なくとも片足は突っ込んでいるのではと…。

ただ、私は「サブスタンス」は、ギリギリ、テーマとジャンルを両立している…と思う。
「エクソシスト」「ゴジラ(54)」に言及した際に強調して書いた同時にという作り自体は、しっかりしていると思う。
それは、少なくともこの作品は登場する怪物、モンストロ・エリザスについては真摯に見つめていると思うからだ。
「マリグナント」のガブリエルと同じように、モンストロ・エリザスというキャラクターについて大真面目には描いていると思う(他については、真面目かどうか正直微妙と思うが…)。

なので、私は「サブスタンス」は悪いオタクが作ったオタク映画だし珍作だしギリギリだが、今年ベスト候補くらいという感じに納得しています。

2025年5月19日追記

なんで序盤でSFXブーム時代のVHSパッケージの話してたか、というと、
「80年代に『サブスタンス』が出ていたら、VHSパッケージにモンストロ・エリザスの姿が思いっきり使われていたよね」
「そういう映画だよね」

という話を書きたかったんだよな、
という事を思い出したので書いておきます。

あとYouTubeにあったメイキングがかなり良かったのでおススメです。
メイキングが楽しい特撮映画は良い特撮映画だと思います。


結論と駄文

私はツイッター(現X)で、「マリグナント」がカレーなら「サブスタンス」はシチューと書いた。
話はまったく別の内容だが…SFXブーム作品への意識はもちろん、それを最新の映画の、自身の映画の作りで描いている。殺陣、特撮、もう一人の自分との関係性など、構成要素がかなり似ているので。
そしてどちらも、本来のジャンルを知らないで観て行った方が確実に楽しいのだが、本来のジャンルは決して万人受けする物ではないので。

で、この文章を書いた理由は…これ自体が「悪いオタク」仕草なので、自己嫌悪すら覚えるのだが、
もしかして、このジャンルという概念が、もはやかなり断絶があるのではないかという危機感を覚えたからだ。

SFXブームの終焉…日本では、とくにそれはスプラッターブーム等と合わせて、おそらく宮崎勤事件辺りをきっかけに…という話が定説となっているのだろうし、諸説もあるだろうから何とも言わないが、
そもそもジャンル自体の断裂が深刻なのでは、と思ったのでこの文章を書いた。

ここまで付き合って下さり、ありがとうございました。


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