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カラスに襲われて、救命病棟へ

土曜日の朝。

私は友人とブランチへ出かける約束をしていた。
その前に、ごみを出しておこうと思い、自宅マンションのごみ置き場へ。

この日、身体は悲鳴を上げていた。
マッサージへ通っても、睡眠を多めに取っても、疲れは抜けず
肩も背中も重かった。それでも私は、「忙しく仕事ができているのだから
このくらいは当たり前だ」と、自分に言い聞かせるように過ごしていた。

ほんの少し無理をしていることには気づいていたが
それを「充実」と呼び替えていたのだ。

ごみ置き場の扉を開けた、その瞬間だった。
近くを旋回していた数羽のカラスが、こちらへ向かってきたのて
私は反射的に身をかわし、その場から猛ダッシュで逃げ
勢いよく転んだ。

時間が止まったような一瞬のあと、顔が激しく地面に打ちつけられ
血だらけ🩸🩸

あとから知ったことだが、その近くにはケガをしたカラスの雛がいて
親ガラスたちは必死に守ろうとしていたらしい。

自然の中では、ごく当たり前の営みだったけれど
その営みと私の日常が、ほんの一瞬だけ交差してしまったのだ。

私は、自分では「少し転んだだけ」だと思っていたが
その場にいたカラスの旋回を見張っていた、警察官が迷うことなく
救急車を呼んでくれた。それでも私は自分の足で救急車に乗り込み
「病院で少し診てもらえば帰れるだろう」と考えていたが
その予想はCT検査で一瞬にして覆された。

診断は、急性硬膜下血腫と眼窩底骨折。

そのまま救命病棟へ入り、数日後、別の病院へ転院し、全身麻酔による
手術を受けることになった。

人生は、大きく変わるときほど静かに始まる。
街にはいつもの空気が流れ、友人と約束をし、ごみを出すため扉を開ける。
そんな何気ない朝の中に、それまでの人生と、その先を分ける境界線が
ひっそりと隠れている。私にとって、その境界線は、ごみ置き場の
扉だった。

あの扉を開けた瞬間を境に、人生は「事故の前」と「事故の後」という
二つの時間に分かれた。

振り返れば、事故の前後には、不思議な偶然がいくつも重なっていた
こともあり「これは人生の強制リセットなのかもしれない」と思った。

忙しい日々を送っていたので、神さまが「少し止まりなさい」と
肩をたたいたようにも思えたが
それは私自身が、この出来事に意味を見つけようとしていただけ
なのかもしれない。

人は、あまりにも突然の出来事に直面すると、「なぜ」という問いに答えを
探したくなるが、この事故は本当に必要だったのだろうか。
その答えは、今も分からない。

ただ一つ確かなのは、出来事そのものではなく、その後をどう生きるかに
よって、この事故の意味は少しずつ形を変えていくということだ。

だから私は、このブログを書こうと思う。
あの日、ごみ置き場の扉を開けたことが、本当に「強制リセット」
だったのか。

その答えを探しながら、ブログを始めることにした。
転んでも、ただでは起きないために。

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