相談員さんはシゴデキだった――消える準備に向いていた頭を、反論準備に戻された日
【2026年7月追記】
この記事は、当時の心身の状態で執筆したものです。
現在は「うつ病」から「双極性障害」へ診断が変更となり、治療を継続しています。
当時の記録として残していますが、現在の受け止め方とは異なる部分があります。
その日、私は公的な相談窓口に連絡をしていた。
「あの〜死にたいんですけど」
そう言った。
自分でも、かなり危ない状態だったと思う。

ただ、その時の私は、衝動的に何かをしようとしていたというより、もっと静かに、もっと妙に現実的に、いろいろな段取りを考えていた。

誰にも迷惑をかけたくない。
だから、家族との関係も、身の回りのことも、今抱えている問題も、できるだけ整理してからの方がいいのではないか。
そういう話をした。
今思えば、それは「生きるための整理」ではなく、「消えるための準備」に近かったのだと思う。

相談員さんは、私の話を遮らなかった。
否定もしなかった。
ただ、淡々と、でもかなり現実的に話を聞いてくれた。
「それが、ご本人の中での結論ですか?」
そう聞かれた。

私は少し笑って、
「それが一番いいかなって」
と答えた。
笑いながら話していたけれど、内容は全然軽くなかった。
自分でも、どこまで本気で、どこからが冗談なのか分からなかった。
でも相談員さんは、そこを雑に流さなかった。
かといって、ただ「そんなこと言わないでください」と止めるだけでもなかった。
その人は、私の頭の使い方を見ていたのだと思う。
私はその時、かなり真面目に「迷惑をかけない方法」を考えていた。
でも相談員さんは言った。
「みんな、いろいろな形で迷惑をかけて生きているんですよ」
その言葉が、残った。
私はずっと、誰にも迷惑をかけないことを考えていた。
迷惑をかけずに生きたい。
迷惑をかけずに消えたい。
最後くらい、誰にも責められない形にしたい。
でも、そもそも人は、誰にも迷惑をかけずに生きることなんてできないのかもしれない。
そして、誰にも迷惑をかけずに消えることも、たぶんできない。
その後、今抱えている労働問題の話にもなった。
私は、相手側から出された書面を読んで、かなり傷ついていた。
そこに書かれていることを、まるで自分自身への評価のように受け取ってしまっていた。
自分はやっぱり不要だったのではないか。
自分が悪かったのではないか。
自分の存在そのものが、迷惑だったのではないか。
そんなふうに、どんどん内側へ落ちていた。
でも相談員さんは、そこも淡々と切り分けてくれた。
相手側から出される書面は、相手側の立場を守るために書かれている。
だから、それをそのまま真に受けなくていい。
人格否定として読む必要はない。
反論すべきところを、事実と証拠で整理すればいい。
そういう話だった。
私はその時、相手側の書面を、自分への判決文のように読んでいた。
でも相談員さんは、それを「反論準備の材料」として読み直させてくれた。
そして、かなり衝撃的なことを言われた。
「死ぬための準備で頭を使うなら、その時間を反論を考える時間に使った方がいい」
頭をハンマーで殴られたくらいの衝撃だった。

私はその時、消えるための段取りをかなり真面目に考えていた。
でも相談員さんは、その真面目さを、別の方向へ向けた。
死ぬ準備ではなく、反論準備へ。
消える段取りではなく、戦う準備へ。

これは、ただの励ましではなかったと思う。
「生きていればいいことがある」と言われても、私はたぶん受け取れなかった。
「大丈夫」と言われても、大丈夫ではなかった。
でも、
「その頭を、そっちに使うな。こっちに使え」
という言葉は、なぜか刺さった。
私は、きれいな励ましよりも、現実に戻される言葉の方が効くのかもしれない。
相手側の書面は、相手側のために書かれている。
だから、私の人格評価として読まなくていい。
次の手続きまでには、まだ準備する時間がある。
しっかり整理して、反論すべきところを反論すればいい。
そう言われて、少しだけ頭の向きが変わった。

もちろん、その場で死にたい気持ちが消えたわけではない。
根本にある「私は不要人物だ」という感覚が、急になくなったわけでもない。
それは、かなり深く根を張っている。
自分でも変だと分かっている。
おかしいと分かっている。
でも、分かっていても外れない鎖のように残っている。

それでも、その日の相談員さんの言葉は、確かに私を少しだけ現実側に戻した。
死ぬための準備ではなく、反論準備へ。
その日の私は、完全に生きる方へ傾いたわけではなかった。
でも、少なくとも、頭の向きを少し変えることはできた。

その後、私は娘を迎えに行った。
一緒に買い物へ行った。
学校であった話をした。

完全に「死にたいだけ」なら、たぶん、そういう行動は消える。
人間は壊れる時、案外、こういう小さな現実に繋ぎ止められているのかもしれない。
娘を迎えに行くこと。
何気ない日常の話をすること。
子どもと触れ合うこと。
noteを開くこと。
それらは、大きな希望ではない。
人生を一気に変えるような出来事でもない。
でも、その日の私を、完全に向こう側へ行かせないための、小さな杭のようなものだった。

私は今も、自分が大丈夫だとは思っていない。
楽しいことがあったからといって、根本の自己否定が消えたわけでもない。
でも、あの日の相談員さんは、たしかにシゴデキだった。
ただ優しいだけではなかった。
ただ止めるだけでもなかった。
私が死ぬ準備に使っていた頭を、反論準備に戻した。
ハンマーで殴られたような衝撃だったけれど、たぶん私は、その一撃でその日を越えた。

今すぐ前向きになれなくてもいい。
大丈夫だと思えなくてもいい。

それだけは、覚えておきたい。
相談員さんは、シゴデキだった。
私はその日、前向きになったわけではない。
でも、死ぬ準備に向いていた頭を、反論準備へ
少しだけ戻された。
それだけで、その日を越えた。

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