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「思考の仲間」を探していたのかもしれない



最近、
noteやThreadsを巡回していて思う。

私はたぶん、
“情報”だけを探していたわけではなかった。

「この人の考え方、好きだな」
「その視点、わかるな」

そんな風に思える人を、
探していたのかもしれない。



昔は、
もっと“正解”を探していた気がする。

どちらが正しいのか。
誰の言うことを信じればいいのか。
どの考え方が間違っていないのか。

でも、
仕事や病気や家庭、
色々なことを経験していく中で、

世の中は、
簡単に白黒つけられるものばかりではないと知った。

精神疾患。
福祉。
労働問題。
政治。
地域。

どれも、
立場によって見え方が違う。

「事実はひとつ」
だとしても、
切り取り方で印象はかなり変わる。

だから最近は、
強い断定をする人より、

“ちゃんと考えている人”

に惹かれるようになった。



noteを読んでいると、
時々、
「あぁ、この人も同じようなこと考えてたんだ」
と思う瞬間がある。

別に、
完全に同じ意見じゃなくてもいい。

ただ、
「その視点、私は好きです」
と思えるだけで、
少し安心する。

それは、
“友達”とも少し違う。

もっと静かで、
もっと緩いもの。

でも確かに、
そこには細い線がある。



今の私は、
大きなコミュニティに入る元気はまだない。

でも、

・コメントを残す
・スキを押す
・誰かの考えを受け取る
・「わかります」と返す

そんな小さなやり取りを通して、
少しずつ社会と繋がっている気がする。

孤立しないための、
細い社会接続。



最近、
「思考の仲間」
という言葉がしっくりきた。

答えをくれる人ではなく、
一緒に考えている人。

「私はその視点好きです」
と言い合える人。

そんな存在を、
私は探していたのかもしれない。


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