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メイクをやめた理由は「面倒」じゃなく「やっていい」と思えなかった日の話



久しぶりに、メイクレッスンに行ってきた。

といっても、
ファンデーションもチークも使っていない。

眉とマスカラと、単色アイシャドウ。
ハイライトを少しと、
目尻にほんの少しのアイライン。

あとは口紅だけ。

それだけだった。

それなのに、思ったことがある。

「あ、メイクって
やっていいものだったんだ」



体調を崩してから、
ほとんどメイクをしなくなっていた。

理由はたぶん、いくつかある。

体力がなかったこと。
気力が落ちていたこと。

でも、それ以上に大きかったのは

「なんとなく、やらなくていいものになっていた」

という感覚だった。



昔の私は、メイクをしていた。
むしろ好きな方だったと思う。

仕事に行くときの“スイッチ”として。
ちゃんとした場所に行くときの“装備”として。

デパートに行くときとか、
デートのときとか、
気合いを入れる日のためのものとして。

ある意味で、メイクは“鎧”だった。



今回のレッスンは、驚くほどシンプルだった。

ファンデーションも塗らない。
チークも使わない。

頬の赤みは、そのまま。

アイシャドウも単色で、
マスカラもアイラインも控えめ。

いわゆる「引き算のメイク」。

今までの私は、
ちゃんとやろうとして全部足していた。

色も重ねて、工程も増やして、
「ちゃんとメイク」をしようとしていた。

でも今回は違った。

最小限なのに、ちゃんと変わった。



そのとき、気づいた。

必要だったのは技術じゃなかった。

「やっていい」という許可だった。



誰かに止められていたわけじゃない。

メイクしたらダメなんて、
一度も言われていない。

それなのに私は、
自分で自分に許可を出していなかった。



今もまだ、完全に整っているわけじゃない。

気持ちの波もあるし、
足元がぐらつく感じもある。

でも、少しずつ変わってきている。

こういう小さなことで、
「あ、大丈夫かも」と思える瞬間が増えてきた。



私はよく、
「個人の問題に見える苦しさ」を
構造で考えるようにしている。

今回のメイクも同じで、

できる・できないは
気合いや努力の問題じゃなくて

「やっていいと思える状態にあるかどうか」

ただそれだけだった。



少しずつでも、
自分に許可を出せる状態を整えていく。

それが、私の考える“回復”なのかもしれない。




「同じように、
“やらなくなったこと”がある人へ。」

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