京のdog-ear 琵琶湖疏水が、国宝・重文に

 琵琶湖の水を京都に運び続けて135年。琵琶湖疏水が、国宝・重要文化財に

 琵琶湖から京都蹴上へ、4つのトンネルをへて全長7.8キロの琵琶湖疏水。その完成によって、琵琶湖の水が、京都に届くようになったのは明治23年、1890年のことでした。  
 
明治維新によって、東京遷都が決まり、1000年をこえ日本の都であった京の街から天皇をはじめ、多くの公家たち、国の機構かそっくり東京へ。京の街は火の消えたようになりました。

その京の街に再び活気を取り戻すためにと政府の後押しもあって、計画されたのが琵琶湖疏水だったのです
 のべ400万人、トンネル掘削には日本で初めての竪坑を採用するなど、最新の土木技術を積極的に取り入れ、琵琶湖疏水はわずか5年で完成しました。

 この大事業全体の責任者に任命されたのが、大学の卒論で琵琶湖疏水の計画を取り上げ、大学を卒業したばかりの「田邊朔郎」。弱冠21歳の若者だったのです。
 日本土木史上、設計から工事全般すべて日本人の手で完成した画期的な大工事。
田邊は疏水の完成だけでなく、この疏水の水の落差を利用して、アメリカで始まっていた水力発電所の建設も実現。
さらに京の街に電灯を灯し、路面電車を走らせたのでした。
 
日本の近代化に数々の輝かしい足跡をのこした琵琶湖疏水は完成以来135年。
今も現役の水路として毎秒2.5トンの水を京都に運んでいます。
 
2005年琵琶湖疏水は、明治の日本の都市基盤施設のシンボルとして、近代土木構造物の国宝・重要文化財第一号に登録されることになりました


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