「お酒、飲んでしまいました」——アルコール依存症の患者さんが外泊で見せた、回復への一歩
アルコール依存症で入院されていた、ある患者さんのお話をさせてください。
その患者さんは、亡くなったお父様の3回忌に出席するため、久しぶりに外出することになりました。この方は、お父様を亡くしたことをきっかけにアルコール依存症になられた過去がありました。父一人子一人で長年支え合って暮らしてきたなか、ある日突然、お父様が急病で亡くなってしまったのです。
それから患者さんは、こころにぽっかり空いた隙間を埋めるように、お酒に溺れていったようでした。入院されたときには、皮膚を虫が這うような感覚(知覚異常)や手の震え、大量の発汗といった離脱症状に苦しまれ、本人もとても辛そうにされていたのを覚えています。
入院後、点滴や内服治療を10日ほど続けるうちに、症状は少しずつ落ち着いていきました。それでも、完全にお酒を断ち切れたわけではありません。「もうお酒はやめたい、やめなければならない」という現実的な思いと、「それでも飲みたい、飲まずにはいられない」という病的な欲求が、絶えず激しくせめぎ合っていたのです。
「飲まないならその方がいい。でも、飲みたい気持ちも消えないんだよね」
そう話されていたのが、今でも印象に残っています。
入院から1年半、そうした葛藤を抱えながらも、患者さんは病院内で問題行動を起こすことなく、禁酒を続けることができていました。私たち看護師も、「飲みたい気持ちを気合で抑え込む」のではなく、「飲みたい気持ちが湧いてくるのは病気の症状である」と客観的に捉え、その波が過ぎ去るのを見守るスタンスで関わっていました。
そんななか、お父様の3回忌が行われるという連絡が入りました。本人はもちろん出席を希望されましたし、私自身も、できることなら参加させてあげたいという思いを強く持っていました。ただ、医師は「病院の外という、お酒の誘惑やストレスに無防備にさらされる環境での再飲酒」について懸念を抱いていました。
そこで私たちは、この外出を「患者さんを試す場」ではなく、「どれくらい飲酒欲求に対処できるかを試すリハビリの機会」として捉え直すことにしました。外出前には、「飲みたくなったらどうするか(すぐ病院に電話する、ジュースを飲む、その場を立ち去るなど)」という対処法を、患者さんと具体的に話し合いました。そうしたやりとりを経て、何とか外泊の許可が下りたのです。
当日、患者さんには再飲酒をしないようくれぐれもお伝えしたうえで、お父様の3回忌に向かわれました。そして数時間後、無事に帰院されました。
病院の方針で、アルコール依存症の患者さんが外泊から戻られた際にはアルコール検知器で検査を行うことになっており、実施したところ、アルコール反応が出てしまいました。
その日は、詳しい事情を問い詰めることはせず、こうお伝えするにとどめました。
「いろいろと思うところがあったんですね。ただ、今は少しお酒が入っていますので、詳しいお話はまた明日、お酒が抜けてからゆっくり聴かせてくださいね」。
看護師に求められる正しい対応は、「責めずに受容し、安全の確保と客観的な状況把握に徹すること」だと言われています。飲酒は治療目標への違反ではありますが、依存症という疾患の特性上、「回復の途中で起こり得るプロセス」として捉えることが大切なのです。
翌日、あらためて詳しくお話を聞くと、患者さんはこう話されました。
「周囲の人に勧められて、その時は断ったんです。でも、親父の昔の話を聞いたりしているうちに気が緩んでしまって、少しだけ飲んでしまいました」と。
アルコール依存症の患者さんは、再飲酒してしまった際、「やってしまった」という強い罪悪感や葛藤を抱えていることがほとんどです。ここで問い詰めたり責めたりすると、嘘をついてしまったり、怒りにつながってしまったりします。実際にこの患者さんも、「ここまで頑張ったのに、何してるんだ、俺は」と、反省しきりのご様子でした。
飲酒したことを理由に怒ったり、見捨てたりするのではなく、
➀安全を守る
②事実を記録する
③シラフになってから一緒に原因を考える
という客観的かつ治療的な態度を保つこと。それが、患者さんとの信頼関係を維持し、回復へとつなげていく鍵になると私たちは考えています。その後もこの患者さんは何度か外出をされましたが、退院するその日まで、一滴もお酒を口にされることはありませんでした。
「せっかくここまで頑張ってきたのに、台無しですね」 「なんで約束を守れないんですか?」 「反省してください」
こうした責め立てる言葉は、私たちは一切使いません。そのかわりに、「どう対応すればよかったか」を医師や看護師と一緒に振り返り、今後の再発防止策を立てていくことが妥当だと考えています。「飲んでしまった」という事実を責めるのではありません。アルコール依存症の回復は、「一度も失敗しないこと」ではないからです。つまずいたときに、その経験を次へどう生かしていくか。その歩みを、責めるのではなく一緒に支えていくこと。それが、精神科看護師として私が大切にしている関わりです。
