「やって?」と「やったよ」――同じ障がいでも、こんなに違う患者さんの姿
同じ病棟に、2人の知的障がいのある患者さんが入院されています。障がいの程度はほぼ同じくらいで、年齢も近いおふたりです。
けれど、日々の生活の場面を見ていると、そこにはかなりの違いがあることに気付きました。1人は自分のことをある程度自分でできる方。もう1人は、何事においても「してもらうこと」を待っているタイプの方なのです。
自分で身の回りのことをされる方は、やったことに対して「できたよ」「これしたよ」と報告してくださいます。上手くできないこともありますが、「やってみよう」という気持ちが強く伝わってきます。一方、援助を求めることの多い患者さんはその逆で、「これやって?」「できない」という言葉が圧倒的に多いのです。
時折、おふたりの親御さんが面会に来られるのですが、その様子を見ていて、育ってきた環境の違いを感じたことがあります。もちろん、おふたりの違いが育ってきた環境だけで生まれたものだとは考えていません。障がいの特性や性格、これまでの経験など、さまざまな要因があると思います。自主性のある方の親御さんは、私たちに「やれることはやらせてください。本人のためなので」とおっしゃいます。反対に、援助を求めることの多い患者さんの親御さんは、「看護師さんに言ってしてもらいなさい」とおっしゃるのです。
しかし、これはどちらが良い、悪いという問題ではないと思っています。おそらく自主的な患者さんの親御さんは、障がいの存在を現実として受け止め、「親がいなくなったあとも、この子が自分の力で生きていけるように」と、できることを増やす道を選ばれたのでしょう。一方、援助を求めることの多い患者さんの親御さんには、「自分のせいではないか」という思いや、「苦労させたくない」「守らなければ」という気持ちがあるのかもしれません。
どちらも、紛れもなく親の愛です。両方の親御さんの気持ちが、痛いほどわかります。もし自分に障がいのある子どもがいたら、自分はどうするだろうかと、深く考えさせられました。
このような場合、私たちは自主的な患者さんに対して、当たり前にやっていることに対しても適切にフィードバックを行うようにしています。「〇〇さん、今日も自分の着替えをしっかり準備できましたね。素晴らしいですね」と、本人の自信と達成感を支えるように接します。
逆に援助を求めることの多い患者さんの場合は、「今日は青い服と赤い服、どちらを着たいですか?」と簡単な選択だけを任せたり、少しでも自分でやろうとしている様子が見えたときには「〇〇さんが自分でやろうとしていてカッコいいですね。待っているので、ゆっくりやってみましょう」と声をかけます。そして、できたときには「自分でボタンを留められましたね!とても助かりました。すごいです」と、肯定的な言葉で褒めるようにしています。
ただし、自主的な患者さんの中には、「自分でやらないと誰もしてくれない」という緊張感を無意識のうちに抱えている方もいます。そのため、「いつも一人で頑張っていて素敵だけど、大変なときはいつでも『手伝って』と言って大丈夫ですよ」と、SOSを出して人に頼る練習も、あわせて取り入れるようにしています。
どちらの患者さんに対しても、「分かりやすいコミュニケーションで見通しを持たせ、一貫した穏やかな態度で接し、本人の自発性を尊重する」という姿勢は共通する基本です。この土台の上で、個別性の高い評価――どれくらい手助けが必要かを見極めながら、介助量を調整していくことが重要になります。
患者さん本人の「自分でできた」という自己効力感を育むとともに、保護者の方が安心して手を離せるよう、段階的に支援を進めていくこと。それが大切だと、あらためて実感させられた患者さんたちとの日々でした。
